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「いやあ、そんなすぐにはね。捜査本部としては和泉逮捕で決着の雰囲気ですし、沢口マリの行方も解らんままやし――で、平坂さんは千田巡査部長に会ったんですよね。彼は、何か新しい情報を持ってませんでした?」
「電話でも少しお話ししましたが、竹井遼子さんは、恋人である千田さんに、悪徳警官の情報があると相談していたようです。でも、千田さんは首を突っ込まないよう忠告したとのことでしたが――」
七瀬は、加藤管理官の顔を浮かべながら言った。彼が捜査本部の指揮を執っている以上、新しい手掛かりが出てきたとしても握りつぶされるかもしれない。特に、自分の悪事に関することなら、なおさらだ。逃げ場のない、動かぬ証拠を突きつける必要がある。
「悪徳警官の情報って、具体的にはどんなものか解りました?」
「いえ、具体的には解りません。それがどこにあるのかも――もしかしたら、もう敵の手に渡っているかもしれませんし」
「というと?」
「沢口マリは、加藤管理官に雇われて、竹井遼子からその証拠を盗むよう指示されていたんじゃないでしょうか。だとしたら、沢口マリは盗んだものをすでに渡しているんじゃないかと思うんですが」
「加藤管理官は昨日から、ずっと捜査本部で捜査指揮を執ってますから、沢口マリと接触する機会はなかったと思います。だったらまだ、沢口マリがモノを持っている可能性が高いと思います。彼女の行方の手掛かりは、どうです?」
「七係の皆さんが探していますが、まだ、何の手掛かりもないようです」
大川の水面に、西の空に傾きかけている太陽の光が反射し、キラキラと光っている。七瀬と三宅は歩を進め、正面に桜之宮橋、左手に造幣局の建物が見えてきた。
「三宅さんは」七瀬は疑問に思っていたことをぶつけてみる。
「どうして凶器が、テトロドトキシンでしたっけ、フグの毒を使用されたんだと思います?」
「凶器に、証拠が残らないからじゃないですか」
三宅は即答した。「刃物だったら、指紋や掌紋、服の繊維、唾液や汗などDNAが検出されるものなどが残ります。購入履歴だって。拳銃はそんな簡単に手に入るものじゃないからこそ、足がつきやすい。その点、毒物は凶器が消えます。ドラマなんかだと即効性の毒がよく使われて、その場で死んでしまうというシーンがよくありますが、実際には服用後、効果が出るまでタイムラグがあるのが一般的です。テトロドトキシンも二十分から三時間程度のラグがあるようですから、一度体内に入ってしまえば、犯行現場を特定することすら難しくなる。よく考えられてますよ」
「証拠が残らないから、証拠を捏造することも容易ってことですね。和泉刑事は、そのために逮捕された――」
「そういうことです」
「テトロドトキシンの入手経路については、捜査本部ではどう見てるんですか?」
七瀬が尋ねたときだった。スマートフォンが震え、着信を知らせる。「ちょっと失礼します」七瀬は言い、通話ボタンをタップすると、葛木潤の慌てた声が飛び込んできた。
《平坂さん! 今、どこです? 芽衣ちゃんからの連絡で、沢口マリが見つかったらしいです!》
大きな声が受話口から漏れていたらしく、内容が耳に入ったらしい三宅が、小さくガッツポーズをした。
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