第三部 逆襲

9/18
前へ
/56ページ
次へ
          【十】秋の夜長の対決  秋の日はつるべ落とし。夕暮れの時間はわずかで、気付けば夜の闇が空を覆う。しかし地上はで都会の灯りが煌々と輝き、夜の闇に抵抗する。 「アカンわ、全然アカン」  スマホを耳から話し、鴨林は大仰に肩をすくめた。「芽衣ちゃんとは連絡が取れんな」  葛木はスマホの画面から目を離さず、「こっちもですよ」と言う。 「メッセージは既読にならないし――無事だといいんですけど」  芽衣と連絡が途絶えて二時間近くになる。片山と和泉は全然だめだが、芽衣はきっちり報連相を守れる捜査員だ。その芽衣と連絡が取れないというのは異常事態だ。和泉の逮捕、芽衣との音信不通――そして夏帆は自宅待機。七係の危機に、最も頼りになる夏帆の不在は痛い。  葛木、鴨林、そして七瀬と大阪府警の三宅の四人は、梅田で合流したものの、芽衣からの連絡が途絶えたために動けずにいた。  およそ二時間前。葛木にとって、夏帆からの連絡は寝耳に水だった。  葛木は七瀬と別れ、千田を尾行するために竹井遼子の自宅の自宅へ戻った。そして二十分ほどしてから出てきた千田を阪急京都線の淡路駅まで尾行したのだが、そこで見失ってしまったのだった。窃盗犯を現行犯で押さえることも多い盗犯刑事は、尾行や張り込みに長けている。ということは、逆に言えばどうすれば撒けるかもよく解っているということであり、さすがは千田もベテランの盗犯刑事だけあって、消失マジックのように見事に撒かれたのだった。いつからかは解らないが、とにかく尾行に気付かれていたのは明らかだった。疚しいところがなければ撒く必要なんかなく、また堂々と怒声と拳で向かってきそうなものだったが、そうしなかったことがかえって葛木の疑心を深めることになった。  仕方なく葛木は竹井遼子の自宅マンションに戻り、同じフロアの住民に聞き込みを行ったが、手掛かりはほとんどなかった。強いて言うなら、千田が竹井遼子を訪ねてきたり、二人で帰ってくるのを目撃されるようになったのは、ここ半年ほどのことだった、ということくらいだろうか。交際してまだ、そんなに長くは時間が経っていなかったということだ。  さすがに、DVがあったかまでは解らなかったが、とき折り大きな物音が響くことがあって、管理会社を通して苦情を言おうか迷ったこともあったという住民もいた。結局通報しなかったのは、本当は大したことじゃないのに大事にしては迷惑がかかるかもしれない、自分の生活に困るほどの実害がない、そもそも通報したって自分の利益にならない、等々といった理由だった。DVや虐待の多くはこうして見逃されてしまう。  そうして竹井遼子の自宅付近での聞き込みを進めていた矢先、夏帆から沢口マリ発見の一報を受けたのだった。芽衣はグループラインではなく、直接夏帆に連絡してきたらしい。  葛木は夏帆の指示で七瀬と鴨林に連絡し、梅田で合流した。七瀬にくっついてきた三宅とは初対面だったが、何だか刑事っぽくない頼りなさそうな男だと思った。  そしてその後、芽衣とは連絡が取れないのだった。当然のように夏帆に指示を仰いだが、彼女の指示は《とりあえず、おいしいものでも食べて鋭気を養いなさい!》だった。  呑気な――と思ったが、腹が減っては何とやら。がむしゃらに心身ともにエネルギーを削って、事件と向き合うことも必要だが、そればっかりではベストなパフォーマンスは発揮できない。夏帆は、《休んでる場合じゃないでしょ》とは言わない。いざというときに、必要以上にベストなパフォーマンスを発揮できることの方に重きを置いている。  そして夏帆が休めということは、芽衣の音信不通は夏帆の戦略の可能性もあった。敵を欺くにはまず味方から。今起きていることが夏帆の戦略かどうかは何となく解るようになったが、その真意までは解らない瞬間は多々ある。葛木はこういうとき、先の解らない不安に襲われるのだったが、鴨林は「まあ夏帆たんが言うんやったら大丈夫や」と至極、楽観的だった。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加