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時間は刻々と過ぎ、二十二時を回る。何も起きないことに、三宅は苛立ちを隠せなくなっていった。マリは現れないし、マリと待ち合わせているらしい人物も現れない。予定が変わったのか。
なら、もう少しあの連中と一緒にいた方がよかったのだろうか。いや、連中もマリの行動を見失っていたのだから、一緒にいたって収穫があったとは思えないが――だが、あの出しゃばりな連中がこの時間になっても、この場所に現れないのも妙に思えてきた。あそこまで首を突っ込んでおきながら、最後の最後、肝心な場面で三宅の言うことを素直に聞いて手を引くだろうか。
まさか、俺は嵌められたのか?
携帯灰皿を出すのも面倒くさくなり、煙草を地面に捨てて踏み消した、そのときだった。
「こんばんは」と声をかけてきたのは、眼鏡をかけた長い黒髪の女性だった。
「えっと、初めましてですよね。私、警視庁捜査一課、殺人犯捜査七係の正木芽衣と言います」
淡いピンクのブラウスに、チャコールグレーのハイウエストワイドパンツ。女性のファッションにはあまり詳しくないが、秋らしさを感じる服装ではあり、その外見と警視庁捜査一課殺人犯捜査の言葉がミスマッチだった。身長は一六〇センチ強はありそうで、女性にしては高い方だろう。
正木芽衣はにっこりと笑い、「きれいな駅ですね」と言った。
「コスモスクエアって名前も可愛いですよね。コスモスって、秋っぽいのもいいですし、海も近くて。三宅警部補、少し歩きませんか?」
芽衣は三宅の返答を待たずに歩き出す。
バス乗り場から海の方に向かって歩道橋が伸びており、それを渡ると海岸沿いの遊歩道に出る。対岸には工業地帯の灯りが見えるほか、海遊館とすぐそばの観覧車が浮かんで見える。
「沢口マリは本当に来るんですか」
海岸沿いの手すりに肘をついた芽衣に、三宅は尋ねる。芽衣の長い黒髪が、海風になびく。
「首を突っ込むなとは言わないんですね?」
芽衣は三宅の方を振り返って微笑みかける。首を突っ込んでおいて、よく言うよ。そっちの情報で、こっちは待ちぼうけを食らっているのに。苛立ちをなるべく表面に出さないよう気を付けながら、「持ちつ持たれつでしょう」と三宅は微笑を作った。
「沢口マリが現れなくて。予定を変えたのかもしれませんね。そちらは、何か手掛かりを掴んでいらっしゃらないんですか?」
ニッコリ笑った芽衣の返答は、「沢口マリは来ませんよ」だった。
「だって彼女は今、東京にいるんですから」
「何やって――」思わず口をついた。「どういうことです? 二十二時にコスモスクエアって言ったのは、あんたでしょう? 今、彼女が東京にいるなら、あんたが連絡をしてきたときにはすでに、東京に向かっていたことになる」
「ごめんなさい」と芽衣は顔の前で両手を合わせた。
「時間稼ぎをさせていただいたんです。おかげで、彼女を安全に、東京で保護することができました」
まずいぞ――いや、まだこちらには切り札がある。あれがある以上、沢口マリも下手なことはしないはずだが――しかしこの正木芽衣という刑事は、一体どこまで知っているのか。笑顔の奥にある真意を、三宅は測り兼ねていた。
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