第一部 再会

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 地下鉄とあったが、ホームは地上、しかも高架だった。ホームは両側に線路がある、いわゆる島式と呼ばれる形状で、片方は千里中央行き、もう片方はなかもず行きとなっているが、それぞれが大阪のどのあたりなのか和泉にはよく解らない。マリはホームのなかもず行き側に並んだ。和泉はマリの死角に入り路線図を眺める。梅田、なんば、天王寺あたりは聞いたことがある地名だ。今まで唯一大阪に来たのは高校の修学旅行のときで、道頓堀で買い物をして、なんばで新喜劇を見た覚えがあるが、観光バスでの移動だったから位置関係がよく解らないのだった。  なかもず行きの電車がホームに入ってきた。鴨林がさり気なく目配せを寄越し、マリと同じ車両に乗り込む。和泉は一つ隣の車両に乗り込んだ。新幹線の中では何も動きがなかったが、今度は地下鉄だ。油断はできない。車両の乗車率は五十パーセントと言ったところか。マリはロングシートの座席の、ドアに近いところに腰かけている。座ったということは、犯行をする気がないということか――? 《大阪に来た目的はなんやろな》和泉のスマホに、鴨林からメッセージが入る。《これで単なる里帰りだったら、笑えないね》返信しながら、和泉は隣の車両のマリを見つめ続ける。東京駅で偶然見かけて、因縁を感じて尾行してきたが、たしかに彼女が犯行に及ぶという確証は何もないのだった。 《ほんまやで》と鴨林からの返信が届く。続けてもう一言。《けど、何かあるって直感したんやろ? ほな、その直感を信じようや》  そうだ。ただ、捕まえられなかった因縁を感じただけじゃない。何かあると直感したからこそ、ここまで尾行してきたのだ。何かある。何があるか解らないけど、何かある。刑事としての直感、そしてそれ以上に、女性の機微を察知する自分の目を信じよう。  電車は高架道路の間を走り、西中島南方を通過して、やっと地下に潜る。地下鉄と書いてあったはずなのに、地下を走らないから間違いかと思ったよ。和泉は妙にホッとする。  地下に潜って二駅目、梅田で、それまでの車内にいた乗客はほとんどが降車し、新たにな乗客が乗り込んできて、顔ぶれが一新された。ドアが閉まる。  そこで、マリが立ち上がった。空席はあるが、つり革を持って通路に立ち、首を動かさず目だけで車内を観察している。急に警戒心が高まっているように見える。鴨林もそれを察知したらしく、スマホに目を落とし、彼女から視線を外している。  彼女、何かを探している。そんなふうに、和泉の目には写った。  梅田からさらに四駅。《なんば、なんば――》ドアが開き、アナウンスが流れる。マリはちらりと車内の電光掲示に目をやって、電車を降りた。鴨林が続き、和泉もワンテンポ遅れてホームに降り立つ。アナウンスを聞いていると、この『なんば』という駅は、地下鉄の他の線、そしてJRや複数の私鉄とアクセスしている大きな接続駅のようだ。  マリは改札から出ると、ここでも立ち止まることなくまっすぐ地上に上がり、『千日前』と大きな看板のあるアーケードの下の商店街へと入っていった。「コロナ禍じゃなかったら、もっとにぎわってるんやけどなあ」合流した鴨林は言った。千日前商店街は飲み屋、カラオケ、パチンコ、ファーストフード、ドラッグストア、その他諸々何でもありの雑多な感じが、大阪らしく感じた。コロナ禍でなければ、もっと観光客も多く、活気があっただろうね。「こういう華やかで賑やかな街並み、いいね。好きな雰囲気だ」和泉が言うと、鴨林は「そうやろ。ええやろ、大阪っぽくて」と笑った。頭をかいて照れる姿は、まるで我が子を誉められたような感じだった。
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