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証拠があるって?
「どこに証拠があるんや?」三宅は嘲った。「証拠なんか何もないくせに」
「でも、沢口マリはこっち側にいるんですよ? そんな強気でいいんですか?」
「マリが何を知ってるって言うんや。それにあいつは――」
「あいつは、なんですか?」
芽衣が首を傾げる。危ない危ない、口を滑らせるところだった。三宅は肩をすくめて、「あいつは――ハコ師でしょうが」と誤魔化した。
「犯罪者の言うことを、警視庁の刑事は信じるかいな?」
「段々、関西弁になってきましたね。焦って、素が出てきましたか?」
「何を言うてるんですか。そら、生まれも育ちも大阪なんですから、関西弁くらい話しますわ」
三宅が笑うと、芽衣もそれに合わせるようにニッコリ笑った。
「三宅さん。《あいつは――》のあとって、本当は、絶対に喋らない、とか、喋るはずがない、とか言うつもりだったんじゃないですか? たしかに、彼女は最初のうちは口を開いてくれませんでした。でも、今はもう、安心して何でも話してくれてますよ」
「せやから、沢口マリが何を話そうと、証拠にはならんでしょう。物証がないと話にならない」
「物証ですか。それよりも、証人はどうですか?」
証人――? そんな奴がいるわけない。何の話をしている。笑顔を絶やさない芽衣にはブレるところがなく、三宅はまた不安が過る。
「誰ですか、証人って」
「古田浩二さんですよ」芽衣の口から出た名前に、自分でも血の気が引いたのが解った。あの野郎――
「証人っていうより、共犯者って言った方がいいですか? 例の、居酒屋に勤めていた店員ですよね。あなたたちに脅されて、テトロドトキシンを抽出するためのふぐ肝を盗んだことを白状しましたよ。あ、それから、古田さんが逮捕されているってことは、どういうことか解りますよね?」
「――マリの息子か」
「そうです。古田さんに、沢口マリの息子を、人質として監視させてましたよね。うちの捜査員が古田さんを逮捕して、息子さんを保護しています。だから、安心してマリさんはすべて話してくれたんです。今回は大掛かりなヤマですから、彼女が確実に動くように、例の恐怖心とプラスして、息子を人質にとって確実性を高めようとしたんでしょう。彼女は仕事を引き受けた。そして、仕事を終えた彼女は、確実に息子を取り返すためにあえて姿を消したんです。あなた方と取引をするために――」
「誤算だったな」三宅は秋の夜空を仰いだ。街の灯りに照らされたグレーの空。
芽衣は小さく、「落ちました」と言った。そして長い黒髪の内側に手を入れ、耳からワイヤレスのイヤホンマイクを外す。
「お疲れさまでした」と芽衣は笑った。「私も疲れちゃいました。いつもはこういう役割は、夏帆先輩――私たち七係のリーダーがやるんですけど、今は自宅待機中で出られなくて。言われたとおり喋ればいいだけですけど、それって結構疲れますよね 」
バカにしやがって――三宅は仲間に向けて小さく目配せをする――
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