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芽衣の背後に忍び寄る影。その手には銀色に光るナイフが。
「芽衣ちゃん、危ない!」
葛木は叫び、物陰から飛び出すと、十段の階段を二歩で飛び降りた。
芽衣はひらりと背後からの襲撃をかわす。目標を失ったナイフの男――加藤は、一瞬よろめいたが、すぐに体勢を立て直し、ナイフを持った右手を振り上げる。その加藤に葛木は低い体勢からタックルを喰らわせた。加藤の身体が遊歩道の柵に打ち付けられる。鈍い声を上げ、ナイフが地面に落ちる。葛木はそのナイフを足で遠くに蹴っ飛ばす。「殺人未遂の現行犯だな!」葛木が言うと、加藤は「やかましい!」と声を荒げた。ほとんどヤケだ。
加藤はコスモスクエア駅近くのコインパーキングで、芽衣と三宅の話を盗聴していたようだが、もはや誤魔化しがきかないと解って、悪あがきに出てきたのだろう。同じコインパーキングに停めていたレンタカーの中で、葛木、鴨林、七瀬の三人は加藤を見張っていたのだが、それは夏帆からの指示だった。三宅と加藤がグルだと見抜いたのは夏帆であり、加藤の方が、警戒心が低く尾行しやすいだろうと判断したのも夏帆だった。
加藤が痛みに顔を歪めながら、体勢を立て直す。葛木が加藤に向けてファイティングポーズをとったそのとき、背後から突然、強い力でぐっと身体を締め付けられた。
「最後まで、ワシらの邪魔しやがって!」
その怒鳴り声に聞き覚えがある。「千田さん――?」葛木が何とか首をひねると、そこには千田の顔がある。
「あんたも、こいつらの仲間だったのか――」
「せや。ホンマ、お前らのせいで全部台無しや」
千田はそう吐き捨てて、締める力を強めた。
他方、芽衣は三宅と向かい合っていた。警察官は柔道と剣道の習得が必須になっている。女性警察官はそれに加え、合気道も習うのだが、芽衣は子供のころから合気道をずっと習っていた。顔は変わらずニッコリ笑っていたが、腰の据わった構えで、三宅と相対していた。
三宅は慎重に距離を詰めながら、隙を伺っている。そしていきなり、右のハイキックを放ったが、芽衣は見切っていたらしくすっと身を引いてそれを避けると、大技のせいでがら空きになっていた背中に回りながら左手を取っていった。三宅の身体が流れるように崩れ、気付けばその場でしっかりと関節を固められていた。
加藤がナイフを取りに走る。その行く手に鴨林が立ちはだかり、加藤のタックルを真正面から受け止める。「逮捕術は苦手なんやから――大人しくせんかい!」鴨林は身体の真正面で加藤と組み合い、一進一退の攻防を繰り広げていた。
何とか脱出しないと――葛木は千田の足を踏みつける。少しだけ、締める力が弱まったところをついて、何とか千田の腕の中から抜け出すと、身体を反転させ、右ストレートを放った。しかし千田はそれを軽くいなすと、倍近くあるのではないかと思われる威力の左ストレートを返してきた。葛木はとっさに左手でガードをしたが、体格差のせいで一気に吹っ飛ばされてしまう。
千田は歩道橋を下りたところで突っ立って戦況を見つめる七瀬に目を止め、一気に彼女のところまで駆け寄った。七瀬は逃げる間もなく千田に掴まれ、抵抗むなしく関節技を決められ、のど元にナイフを突きつけられた。
「お前ら、やめろ! この女がどうなってもええんか!」
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