エピローグ

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         *  七瀬がマンションのドアノブに手をかけると、抵抗なくドアが開いた。開いてる? もう、鍵をかけろってあんなに言ったのに。 「ただいま――」  もしかして、寝てるかもしれない。小声で言いながら中に入る。午前一時。いつもなら、そろそろベッドに入っている時間だが――リビングの電気はついている。またつけっぱなしで寝たんじゃないでしょうね。  七瀬がリビングのドアを開けると、「おかえり。遅くなるんなら連絡くらいして――って、ちょっと! 七瀬、どうしたの!? そのオデコ!」スマホを放り出し、ソファから飛び上がって、真波が駆け寄ってきた。 「大丈夫、ちょっと擦りむいただけよ」  病院で貼ってもらった大型の絆創膏が、七瀬の額の傷を、実際より重傷に見せている。  絆創膏をしげしげと見つめながら、真波は「何があったの?」と尋ねてきた。 「それより、ちょっと疲れちゃった。座らせて」  ソファに腰を下ろした七瀬に、真波がカフェオレを持ってきてくれる。「で、何があったの?」真波は七瀬の隣に腰かけた。「ありがと」七瀬はカフェオレを一口啜る。コーヒー二対牛乳一の、濃いめのカフェオレが身体に染み渡る。 「はぁー、生き返った! 今日は疲れた!」 「お疲れ。ほんと、心配してたんだからね。遅くなるって連絡もないし、帰ってきたらオデコに絆創膏貼ってるし」 「ごめんごめん。ちょっと忙しくてさ」 「いいよ。仕事だったんでしょ。守秘義務ね」 「本当は話したらダメだと思うんだけど――」七瀬はカフェオレをもう一口啜る。 「警視庁の西岡夏帆警部補、覚えてる? 彼女に仕事を頼まれたの」  真波の目が見開かれた。真波も覚えているはずだ。ある事件で、彼女も夏帆と関わったことがある。そして、その事件がきっかけで真波は東京で生活を続けることができなくなった。また、当時未成年で身寄りがなかった彼女には、未成年後見人が必要となったのだが、その選任の援助をしたのは七瀬であり、そして引き受けてくれたのが今、七瀬が働く事務所の所長である織田弁護士だった。そんな縁もあり、七瀬は東京から京都へ引っ越し、今の職場にいる。  そして、真波と一緒に暮らしている。真波は今、高卒資格を取ったばかりで、今度は大学受験の勉強の真っ最中だった。 「――懐かしい名前」真波はふっと笑った。 「でも、あんまり思い出したくない名前」 「だよね。私も久しぶりに関わって、後悔してる。ケガしたし」 「ねえ――七瀬」  真波の真剣な眼差しに、七瀬は少し気圧されながら「何?」と答える。 「とにかく――無事でよかった」  真波が真正面から飛びついてきた。ソファの上に七瀬は押し倒され、唇に柔らかい感触があった。その優しい感覚に、七瀬の胸に安堵が広がった。 「お帰り。帰ってきてくれて、ありがと」 「ちゃんと帰ってくるよ」  真波の顔を見上げながら、七瀬は微笑んだ。
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