第一部 再会

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 アーケードを抜けると左手に大きな劇場の入り口があり、若手の芸人が呼び込みをしていた。向かい側にはアイドルグループの専用劇場があり、男性客が列を成している。  それらには目もくれず、マリはまっすぐその先の細い商店街へと入っていく。先ほどまでの商店街と違い、軽自動車一台がやっと通れるくらいの狭い通りのアーケードで、小さな店舗がひしめき合っている。「どこ行くんや――?」と鴨林も怪訝な表情だった。千日前道具屋筋というその商店街は、『くいだおれの街』大阪の食文化を支えるプロの料理人たち御用達の、調理器具や道具を扱う店が並ぶ通りだと、鴨林は説明してくれた。たしかに、行き交う人は観光客ではなく地元住民っぽい。  マリの足取りは迷いなく、一定の速足で商店街を突き進んでいく。和泉と鴨林も、見失わないように、しかし気付かれないようについて行く――が、さすがに鴨林の息が切れてきた。 「鴨さん、ちょっと弛んでるんじゃないの?」 「そんなこと言うたかて――わしはもともと、鑑識の技術屋やで。ずっと体力仕事のデカやってたわけやないんやから」 「でも、今はデカでしょ」  和泉は言う。鴨林はそろそろ、限界に近そうだ。鴨林と組むとこういう場面で後れを取りがちになってしまう。そういうときは、迷わず置いて行くと決めている。「また連絡するね」と和泉は言い、鴨林の「おい、置いてかんといてくれ」の言葉を無視して、マリだけを見つめて歩を進めた。初めての場所で、鴨林がいなければ困る場面も出てくるかもしれないが、まあ、そのときはそのときさ。  道具屋筋を抜けると、今度は電気屋が立ち並ぶ地域だった。アニメキャラが描かれた大きな看板も見える。日本橋のオタロードって聞いたことがあるけど、このあたりのことかもしれない。地図アプリで調べればすぐに解るだろうが、初めての場所で対象から目を離すわけにはいかない。メイド喫茶やフィギュアショップ、ガチャコーナーなどが立ち並ぶその通りでは、マスクをつけたメイド姿の女の子がチラシを配っている。本当なら一枚一枚、相手の顔を見て受け取って、笑顔返したいところだけど、今はとりあえず差し出されたチラシを受け取るだけで我慢しておく。  路地を抜け、堺筋という大通りに出た。通りの両サイドは電気屋が並ぶ商店街だ。地下鉄の日本橋の駅に降りる階段の前を通り過ぎる。位置関係がよく解らないけれど、少なくとも一駅以上の距離を歩いていることになる。尾行に気付いて、撒こうとしているのか?   いや、だとすればもっとやりようはあるはずだ。こんなふうに通りをウロウロ歩き続けるよりも、例えばデパートの中に入って人ごみに紛れたり、あるいは女子トイレや授乳室など女性しか入れないスペースを利用したり、もっと巧い方法がある。ということは、やはり彼女は目的を持って歩いている。  しばらくまっすぐ堺筋を歩き、阪神高速の高架道路をくぐると、左前方に通天閣が頭を出していた。すぐ目の前には浪速警察署の看板も。  マリが信号待ちで立ち止まり、和泉も立ち止まって、鴨林に現在位置を知らせる。やっと目印になりそうなものが登場した。初めての場所では、何が目印になるかも解らないからね。警察署なら間違いはない。  いやあ、しかし、ずいぶん歩いたね。季節はずいぶん秋めいているとはいえ、まだ日中の日差しは強い。和泉はジャケットを脱ぎ、ハンカチで額の汗を拭いながらマリに目をやり、そして――彼女と目が合った。
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