第一部 再会

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         【二】通天閣の下で  バレた。  だが、顔色が変わったのは向こうも一緒だったから、やはりすでにこちらに気付いていて、撒こうとしていたのではなかったらしい。ということは、鴨林の存在には気付かれていないはずだ。そこは不幸中の幸い。うまく活かしたい。  マリは驚愕の表情で和泉を見つめていたが、信号が変わったことに気付き、慌てて交差点を渡っていく。バレた以上はこちらも、こそこそと尾行する必要はない。こういうときは先手を打った方がいい。和泉は走り出し、信号を渡り終えた。テレビで見たことのある『通天閣本通』と書かれたアーチの下で、マリに追いつく。 「やあ、奇遇だね! こんなところで会うなんてさ!」  足早に歩くマリに並走しながら、和泉は明るく笑って言った。「またきみに会えるなんて、僕は幸運だね」  通天閣を真正面に臨む商店街のど真ん中を、マリは無言でずいずい進んでいく。「へえ、この辺りは飲食店が多いんだね。ずっと商店街の中を歩いている気がするよ。さすが商いの街、大阪って感じだね! 飲食店の並びにレトロゲームショップが混ざってたりするのが面白いよね。へえ、射的もあるんだ。いつかきっと、きみのハートも撃ち抜いてみせるよ」和泉はお構いなしに語り掛ける。  通天閣の真下はアーチ状になっていて、通り抜けられるようになっている。通天閣の足元には展望台への入り口とチケット売り場がある。マリはその前を素通りし、通天閣の真下で立ち止まった。 「天井画って知ってる?」マリが尋ねてきた。「いいや、何だい? それは」和泉が首を横に振ると、マリは真上を指さした。 「通天閣を外から見て知っている人はいっぱいいる。でも、ここに絵が描かれていることを知ってる人は少ない」  通天閣を真下から見上げると、その天井にはクジャクの絵が描かれていた。いかにも昭和の広告というタッチの見事な絵と、化粧水や歯磨といった商品名らしき文字が書かれている。 「へえ、知らなかったな」と和泉は言った。「女性と一緒だね。外から見える姿だけじゃなく、近づいて初めて気づく美しさもあるなんてさ」  マリはフッと一息ついて、「犯罪者も、やで?」と笑った。 「どこからつけてきてたか知らんけど、私はあんたが思っているような人間じゃない。もう、私に構わんといて」  マリの左手が和泉のジーンズのポケットに伸びているのは見えていた。和泉はぱっとその手を掴む。腕時計の冷たい感触。「そうかな。以前と変わらず、鮮やかな手つきだと思うけどね」と和泉は言った。マリはその手を振り払い、「それを言うなら、あんたも以前と変わらず、ちゃんとものごとが見えてない間抜けな刑事のままやで」と微笑んだ。そして、 「助けて」  と小さく呟くがいなや、踵を返して歩き出した。予想外の一言に、和泉はちょっと動揺し、やや遅れを取って彼女のあとを追う。助けて? どういうことだ。何かを見逃せってことか。だったら、すでに犯行は実行されたってことだ。頼まれるまでもなく、見逃すどころか見落としていた。何てこった――僕は一体、どこで何を見落としたんだ?
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