第一部 再会

7/13
前へ
/56ページ
次へ
 先を行くマリが入っていったのは『ジャンジャン横丁』という商店街だった。道幅は先ほどの道具屋筋と同じくらいか。こちらは小さな居酒屋が立ち並び、どの店も昼間から割と賑わっている。観光客より、地元のおじさんが多い印象だ。マリも和泉も、なんとなくその場の雰囲気から浮いているように感じた。  ホルモン、寿司などの看板もあるが、並ぶ店のほとんどに『串カツ』の看板やのれんが掛かっている。これが噂に聞く「ソース二度付け禁止ルール」のある大阪の串カツってやつかな。ソースが客同士共有なので、一度口をつけた串カツを、もう一度ソースにつけてはならないらしい。そりゃ、そうだよね。人の唾液が混じってるかもしれないソースは使いたくない。それから、一口かじった串カツをソースに再度つけると、具材がばらけてソースと混じってしまう。それを防ぐ意味もあるらしい。前にテレビでやってたのを見たことがある。  商店街を抜けると、目の前を在来線の線路が横切っており、マリは左に曲がって線路に沿うように歩き続けた。右手奥のビル群の中から、あべのハルカスの一際高いその頭が突き出していた。和泉のスマホが震える。鴨林からの着信だ。 《今、どの辺や?》 「ジャンジャン横丁ってとこを抜けて、左に歩いてる。あべのハルカスが右手側に見えてる。左側は公園かな?」 《それ、天王寺動物園やな。ってことは、歩いてる方向は――読みどおりや》 「鴨さん、今、どこにいるのさ?」 《そこからもうちょっとまっすぐ行ったとこの、天王寺駅に居る。日本橋から浪速署で、それから通天閣方面やったやろ。やったら、天王寺やと思って、地下鉄で先回りしたわ》 「さすが、地元の知恵だね。あ、そうそう、僕の尾行はバレたけど、鴨さんはバレてないから。僕に接触しないでよ? じゃ!」  更に歩き、天王寺駅が見えてきた。あべのハルカスの足元にあり、外観から見るだけでも大きな駅だと解る。駅ビルも見るからに大きく広々しているし、駅前の通りも片側四車線と広く、交通量も多い。時間はちょうど昼過ぎ。人流も活発だ。  しかし、こちら側から駅の方に渡るための歩道橋も横断歩道もない。どうしたものかと思っていると、マリは地下への入り口を下りて行った。地下鉄天王寺駅、御堂筋線、谷町線とある。なるほど、なんばで下車せずにそのまま乗っていれば、ここに着くということか。だったらマリの目的は、天王寺に来ることではなくて、さっき歩いたルートの方にありそうだ。  地下の飲食店街を抜け、再び地上に上がると、そこはJR天王寺駅の改札前だった。焼きたてのチーズケーキのいい匂いがすると思ったら、おみやげコーナーの一角に本当に厨房があって、焼きたてを販売していた。列もできている。あと、ほんのり漂ってくるのは肉まんの香りか。そう言えば、せっかく大阪に来たのに何も食べてないな。  マリは自動券売機の前で立ち止まり、何かをじっと見ている。和泉は彼女の肩をトントンと叩き、「ずいぶん歩いたから、ランチにしようよ」と声をかけた。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加