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「あんたな、ええ加減にして」マリは言い、和泉の腕を振り払う。と、そのときマリのスマホのバイブ音が聞こえた。和泉はどうぞとジェスチャーをしたが、マリは和泉に促されるまでもなく、彼から遠ざかりながら電話に出た。一言二言交わして電話を切り、こちらに戻ってくる。
その間に自分のスマホで素早く検索した画面を見せ、「ハルカスの展望レストランなんかどうかな?」と和泉は言った。マリは呆れたように、「あんたの奢りなら」と言った。
「もちろんさ! じゃあ、行こうか!」
和泉はエスコートするように手を差し出したが、マリはその手を取ることなく先に歩き出す。
JR天王寺駅のコンコースから御堂筋線の改札前を通り抜け、エレベーターで地上から三〇〇メートルまで急上昇する。
そこにあるのは、大阪の街を一望する雄大な景観だった。「高いところは大丈夫?」和泉が尋ねると、「そんなん、上がってくる前に聞いてや」とマリはまた、呆れたふうに言った。
カウンターで注文するセルフタイプのカフェに入る。窓際の席を取り、「僕が注文してくるから、待っててよ。何がいい?」と和泉は尋ねた。「カレー。食後にコーヒーとケーキ」マリは言い、和泉は了解の意をウィンクで示す。カウンターでマリの注文と同じものを自分も頼み、呼び出し用の番号札を貰って席に戻った。
「ここ、来たことあるのかい?」
和泉は尋ねた。マリはじっと大阪の街を見下ろしながら、「初めて」と言った。
「そうなのか。あっさり、カレーとコーヒーとケーキを頼むもんだから、初めてじゃないのかと思ったよ」
「違う、入るときにメニューを見ただけ」
「なんだ、そうなのか。きみのオススメかと思って、同じものにしたのにさ」
「私な、パッと見るだけで、大事なところがすぐ見えるねん。子どものころからの才能やねん。ま、それを私はスリに活かしてたわけやけど」
自嘲気味に笑うマリ。「でも、今はまったくしてへんで? って言うか、あんたと初めて会ったときも、私、何もしてへんからな?」
「そういうことにしておこうか」
和泉は肩をすくめて笑う。番号の呼び出しがあり、和泉は席を立つ。二人分のカレーとコーヒー、ケーキを乗せたトレーを持って戻ってきた。「いただきます」和泉は、マリが口をつけたのを見てから、自分も食べ始める。が、マリのスプーンはなかなか動かない。
「何か考えごとかい? 憂鬱そうな表情だね?」
「あんたと一緒にいるのが憂鬱やねん」
マリは言い、カレーを口に運ぶ。
「そうだったのか。きみを楽しませることができていないなんて、僕としたことが!」
「そういうとこやで。あんた、嫌われるやろ?」
「無関心よりよっぽどいいね。嫌われるってことは、関心を持たれているってことでもあるからね、ということは、好きになってもらえるチャンスがあるってことさ。そこは、僕の努力次第だからね」
「変な刑事やな」
マリは、カレーを半分も食べずにコーヒーとケーキに移った。「私は無理やわ。好きになれん。だから、私につき纏わんといて」
「それは無理だね。きみはとっても魅力的だし、それ以上に僕は刑事だからね、犯罪者は捕まえなければならないから」
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