序章 第一理科室の教師

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 ——チリンチリンと、聞き心地の良いこの音は、何度俺の心を癒してくれたのだろうか。  硝子(ガラス)に包まれた容器を通し、窓からの光が机の上を照らし出す。物静かな教室には、生徒は一人もいない。  手を止め、ゆっくりと目を瞑る。  校庭で笑い合い、怒鳴り合い、励まし合う生徒の声。  部活動のためにドタバタと運動着に着替え、体育館へと走っていく生徒の足音。  担当のクラスの生徒の日々の評価をつけるために、多くの書類と荷物を持って職員室へ足を運ぶ先生の服の擦れる音……。  元々、人目につかれない、静かな場所を好む先生にとっては、この状況は居心地の良いものであった。しかし、その反面、虚しくもあった。教師という立場になってからは、生徒たちの楽しむ声を聞くことが、嫌でも日課となってしまう。虚しさを抱く際には、授業が終わった後、生徒たちが一斉に教室へ去っていくときの、理科室にポッカリと穴が空いたような感覚が鮮明に思い出される。  しかし、先生は好きな場所を捨てられずにはいられない。静まり返った理科室だからこそ、できることは数知れず。生徒たちのいない場で、普段できないことをとことん楽しむ。これが、今の先生の日課の一つになっていた。  教室中に視線を移動させ、先生は昔の光景を思い出し、懐かしむ。  ——もう、あの頃から早くも十二年も経つのか。
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