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「七十七歳の夫が死んで二年後、畑中沙友里は三度目の結婚をする。次の相手は七十歳。不動産業他、手広く事業を手掛けている会社の会長様や。またも狙いすましたように資産家やな」
大雅の声に顔を上げた。彼の視線は、獲物を狙う肉食獣のように鋭くなっている。その目を見て、七十歳の夫がどうなったかを知った。そんなもの、資料を見なくともわかる。
「その人も……亡くなってるんですね」
「あぁ。今度は事故死や。神社の階段から転落。その神社へは毎日参拝するんが日課で、前日に雨が降っていたこともあり、足を滑らせたってことになっとった」
「なっとった……?」
大雅はわざとその部分を強調して言った。わざわざ過去形にするということは──。
「目撃情報が出たんや。転落した日、女と一緒やったってな」
「それが、畑中沙友里だったんですか?」
「目撃証言ではそこまで証明できんかった。でも、彼女は自分で殺したというようなことをしでかし、逃走したんや」
「彼女は……何をしたんですか?」
ここで、再び萌香が別の写真をデスクに並べる。そこには、コンビニや銀行のATMでタッチパネルを操作する畑中沙友里が写っていた。
「もしかして、夫のカードで金を引き出していたんですか?」
「そうや。大量のキャッシュカードやクレジットカードを使って、限度額いっぱいまで引き出した」
「どうして!?」
夫が亡くなった直後にそんなことをすれば、何もなくても疑われる。そんな当たり前のことなど考えなくてもわかるだろうに。それに、大雅は何と言った? 逃走したと言わなかったか。
龍輝は訳がわからなくなり、頭をぐしゃぐしゃを掻き乱した。
「保険金が入るんじゃないんですか?」
前の夫のように保険金が入るまで我慢できなかったのだろうか。
例え犯行を行っていたとしても、あやふやな目撃証言だけなら立証できず、保険金が手に入った可能性は高いのに。それとも、重要な証拠を残していることに気付き、焦ったのだろうか。だからそれが発覚する前に、ありったけの金を引き出して逃げた……。
大雅は人差し指を立て、気障ったらしく左右に振った。
「と思うやろ? 彼女は今回、夫を保険に加入させることに失敗しとるんや」
「え……」
「夫の子どもたちからの強い反対にあってな。まぁ、警戒もするやろ。若い女と結婚してしもて、ただでさえ財産が目減りするんや。おもろない。力の限りで反対しまくるやろな。あの女もここはとりあえず、一旦引くしかなかった」
それにしたって、いろいろと雑すぎやしないか。大雅の言うとおり、これでは自分が殺したといわんばかりだ。
「夫が死んですぐに金を引き出す、思い切り怪しいよな。神社の階段で転落死した日、一緒におったんは畑中沙友里。そういった疑いは当然出る。で、任意で引っ張ろうとしたんやけど、一足先に逃げられてしもたってわけや」
「なるほど……。それで、彼女の逃亡先を突き止め、東京まで来たんですね。でも、新條さんと石川さんは、スパイト犯罪の専門部署にいらっしゃるんですよね。畑中沙友里はスパイト保持者なんですか?」
「それを確認するために、彼女を追って来たんや。でも、今はもう確信しとる」
「どうしてですか?」
何気なく尋ねると、大雅が心底呆れたといったようにあんぐりと口を開け、悩ましげな溜息を漏らした。
「お前はアホか」
「え……?」
「お前、あの女の周りに靄が見えるって言うたやん! それに、お前が今まで見た靄のついた人間は、全員犯罪に関わっとった。しかもスパイト犯罪や! お前、さっき自分がスパイト保持者を判別できるって自覚したんやないんか!?」
あ、と口を押さえる。
先ほどその考えに行き着いたというのに、すっかり失念していた。
龍輝はしゅんと萎れ「すみません」と謝る。しかし、すぐに新しい疑問が頭に浮かぶ。大雅の顔をチラリと見ると、彼は呆れながらも、言えと促す仕草を見せた。
「確認するためにとおっしゃいましたが、この事件、スパイト犯罪を匂わせる何かがあったんでしょうか?」
今の話だけなら、スパイト犯罪とは限らない。通常の事件なら、大雅たちスパイト犯罪対策室は出張ってこないだろう。
すると、萌香がそろそろ自分にも話をさせろというように口を挟んできた。
「やっぱり、いい視点を持ってますね!」
「……そうでしょうか?」
「これくらい、わかって当然やろ」
「うるさいなぁ、大雅さんは黙っててくださーいっ!」
「はぁっ? 俺、一応上司やぞ!」
「階級が上だからって威張らないでくださいよね。パワハラで室長に訴えますよ?」
「やめろ! それだけは絶対にやめてくれっ!」
陰惨な話をしていたはずなのに、この二人が会話を始めるとコメディのようになってしまうのは何故だろうか。
ぎゃあぎゃあと言い合いを始める二人を何とか宥め、話を先に進めてもらう。龍輝はやれやれというように、手を額に当てた。
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