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01-1. 出会い
派手な顔立ちをした美しい女が、美容室やらエステティックサロン、スポーツジムなどが入った複合施設の前で、スマートフォンを取り出す。
女の後をこっそりつけていた沖田龍輝は、素早く身を隠す。建物の陰からそっと様子を窺うと、女はしばらく通話した後、施設の中へと入っていった。
龍輝は施設の入口まで移動し、建物を見上げる。
美容複合施設というだけあって、洗練されたスタイリッシュな外観だ。ここに立っているだけで、いかに自分が場違いかを痛感する。
「あの……何か事件でもあったんですか?」
突然声をかけられ、驚いて振り返ると、若い女性が二人心配そうな面持ちで龍輝を見ていた。
彼女たちが不安になるのも当然だ。何故なら、龍輝は制服姿だったからだ。
制服といってもいろいろあるが、この格好をしているだけで、人に安心と畏怖という真逆の印象を同時に与える。
龍輝は慌てて愛想笑いを浮かべ、「違うんですよ」と弁解する。
龍輝は警察官だ。制服警官がこんな場所にいれば、何かあったのかと思われても仕方がない。
「誰かにつけられているかもしれないと怯えていた女性がいらっしゃったので、ここまでお送りしたんです。どうやらそれは気のせいだったみたいなんですけどね。実は昨日、雑誌でこの施設のことを見たんで、つい見入っていたんです」
龍輝がそう言うと、二人の女性は安心したような顔をした。そんな二人を見て、龍輝の方もホッと胸を撫で下ろす。
「そうだったんですね。ご苦労様です」
「お巡りさんが見入っちゃうの、わかります! ここ、すっごくおしゃれですよね!」
龍輝は「そうですね」と同意する。
怪しまれてはいけないと思って咄嗟についた嘘だったが、一言余計だったようだ。龍輝の言葉に親しみを持ったのか、一人が一気に距離を縮めてきた。龍輝に近づき、顔を見上げてくる。
「お巡りさん、結構美容に気を遣ってます?」
「え? いや、そんな!」
「そうなんですか? 警察官って、不規則な生活で大変そうだなって思ってたんですけど、お巡りさんの肌、綺麗だなって」
「わぁ、ほんとだ」
もう一人の女性までにじり寄ってくる。
龍輝は内心冷や汗をかきながら、何とか彼女たちと距離を取ろうとするが、逆に追い詰められていく。笑みを引き攣らせながら、あぁまたか、とうんざりした。
昔からよく言われた。「お前といると、なんか和む」「初めて会うのに緊張しない」「お前を見てると、小動物を思い出すんだよなぁ」などなど。どうやら自分は初対面の人間にも警戒心を抱かせないらしい、そう悟るのに時間はかからなかった。
和む、緊張しないというのは何となくわかるが、小動物というのはどうなんだ? 身長が180cm近くもある男に、これほど似合わない例えはないんじゃないだろうか。
他人に親しみを持って接してもらえる、これは自慢できる長所だと思っているが、こういう時は困ってしまう。制服警官姿だというのに、ここまで警戒心を持たれないのもどうかとも思う。
龍輝がどうしたものかと頭を悩ませていると、一人の見知らぬ男が、やぁやぁと手を振りながら近づいてきた。その男を見て、思わず首を傾げる。いかにも知り合いといった体だが、全く見覚えがない。
「こんなとこで何やってんだよー! 上司が探してたぞぉ?」
その声に、女性二人が振り返る。そして男を見た瞬間、ほんのりと頬を染めた。
彼女たちが瞬時に顔を赤らめるほど、男の顔は整っていた。その端正な顔立ちは、まるで芸能人かと見紛うほどだ。
これほど印象的な顔なら、一度見たら忘れない。にもかかわらず覚えがないということは、初対面、のはずなのだが。
男はニコニコと笑いながら龍輝の腕を取り、グイと強引に引っ張った。
「痛っ!」
「ほらほら~、早く仕事に戻らないと怒られるよぉ~。あ、すみませんね。彼、職務中なので」
「いえ、私たちもすみませんでしたっ」
「ごめんなさい、お巡りさんが優しそうだから、つい。それじゃ、お仕事頑張ってくださいね!」
「はーい、ありがとぉ~」
何故か男が彼女たちに返事をし、ヒラヒラと手を振っている。解せないが、これはとりあえず助かったというべきか。
手を引いてズンズンと歩いていく男に礼を言った方がいいだろうかと呑気なことを考えていると、男は不意に立ち止まった。ここから彼女たちの姿はもう見えない。
男はニヤリと意地悪く笑うと、龍輝に向かってこう言った。
「さて、今から警視庁まで来てもらおうか」
「え……」
その言葉に、龍輝は顔面蒼白になった。
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