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「あの! 私は、そのっ……」
急に警視庁などと言われたものだから、龍輝は頭が真っ白になり、言いたいことが上手く言葉にならない。
男が声をかけてきたのは、龍輝が女性二人に捕まっていた時だ。どう考えても連行されるいわれはない。だが、龍輝は女をつけていた。それを見咎められたのかと、動揺してしまったのだ。
「君、俺のこと知ってんの?」
「え……?」
男が立ち止まり、龍輝を上から下までじっくりと眺める。
龍輝が若干顔を引き攣らせながら「いいえ」と答えると、男はぶはっと思い切り噴き出し、声をあげて笑い出す。
「あの……」
「あはははは! そっちは誰がどう見たって警官やけど、俺は? 警官に見える?」
「あ……」
男に言われ、ようやく気付いた。
男は私服姿、しかもラフな格好だ。いかにも仲間といった風に話しかけてきたのでそうかと思ったのだが、彼が同じ警官であるとは限らないではないか。
龍輝はムッとして、掴まれていた腕を振り払う。男はおとなしく手を離し、ひょいと肩を竦めた。
「女性に囲まれて困っていたことは認めます。助けてくださってありがとうございました。それでは、私は職務に戻りますので」
腹は立つが、一般人に怒りを向けるわけにはいかない。
龍輝がそう言って踵を返そうとした時、再び腕を掴まれる。龍輝は目をむき、つい男を睨みつけてしまった。
男は悪戯っぽく笑いながら、ジャケットから黒いものを取り出し、龍輝に見せる。
「えぇっ!?」
男が取り出したのは、なんと警察手帳だ。
違うと見せかけて、やはり警察の人間だったのではないか。そして龍輝は、彼の階級を見て顔色を青くした。
「け、け、け、警部っ」
改めて男を見る。まだ若い。
自分とそう変わらない年齢に見えるが、違うのだろうか。
龍輝は二十五歳だ。警視庁四谷警察署新宿交番勤務で、階級は巡査。男が龍輝と同年代として、階級が警部となると……。
男は警察手帳をジャケットにしまい、龍輝の背を気安く叩いた。
「俺、こう見えて一応キャリアね。大阪府警の新條大雅や、よろしく。まぁそんなことはどうでもいいんやけど……お前、派手な顔した女、つけてたやろ?」
「どうしてそれを……」
そこからすでにバレていたらしい。龍輝は眉尻を下げ、項垂れる。
あの派手な顔立ちの女をつけたのには、龍輝なりの理由があった。だがそれを説明して、果たして納得してもらえるかどうか。
しかし、ふと思った。
龍輝があの女をつけていたことを知っているということは、大雅もまた、あの女をマークしていたということだ。彼女はいったい何者なのだろうか。
「交番勤務のお前が、彼女をつけてた理由は?」
「あの……」
「……やっぱ、警視庁まで行くか?」
「ま、待ってください!」
職務中に警視庁に連れて行かれたと上に知れるのも困るが、一番困るのは、あの女をこのまま見失ってしまうことだった。
あの女には何かあるのだ。だから後をつけた。その後どうしようかなど詳細は考えていなかったが、どうしても見過ごせなかったのだ。
大雅だって彼女を追っているなら、警視庁に行っている場合ではないだろう。連行すると言えば、龍輝が事情を話さざるをえないと見越して言っている。
少し悔しい気もしたが、目的が同じなら話すしかない。それに、大雅があの女を追っている理由も知りたかった。
「ちゃんとお話します。あの、だから……」
「よし。じゃ、あのビルの向かいにカフェがあったから、そこ行こか」
「へ……?」
「交番には連絡入れとけよ。必要なら俺が事情話すし」
「あ……はい」
龍輝は急いで上司に連絡を入れる。一応念のためにと大雅にも出てもらったので、すんなりと許可は下りた。
「行くぞ。彼女を見失ったらまた面倒や」
「はぁ……」
彼女を追っていた理由を龍輝が話せば、その辺りの事情も話してもらえるだろうか。
龍輝はそんなことを思い、しかしすぐに首を振る。
「いや、難しいだろうな」
交番勤務の自分とは違い、大雅は事件を追う刑事だ。詳しい事情など話してもらえるわけがない。
龍輝は軽く溜息をつき、颯爽と歩いていく大雅の後を小走りで追いかけた。
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