02-10. 靄付き男の正体

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02-10. 靄付き男の正体

   署に戻ると、もう遅い時間にもかかわらず、スパイト犯罪対策室にはまだ美和と萌香がいた。そして松井も来ていた。 「松井さん! 前川さんは……」 「あぁ、大丈夫や。腕をナイフで切り付けられたが、傷は浅かった。庇った警官の怪我もたいしたことない」  松井の言葉に、二人は胸を撫で下ろす。 「よかった……」 「だが、前川さんはひどくショックを受けててな……」 「それは……そうですよね」  胸が痛む。大の男にナイフで切りつけられるなど、どれほどの恐怖か。心の傷として残らなければいいのだが。  見るからに落ち込む龍輝と、怒りのせいか無表情な大雅の頭を勢いよくはたき、美和が檄を飛ばす。 「凹む暇があったら働け!」  そう言って、二人に資料を手渡した。 「これは……」 「死ぬ気で頑張りましたよぉ~……。室長ぉ、ちょっとだけ休んでいいですかぁ?」 「いいわよ。横になってなさい」 「はぁい……」  萌香がよれよれになっている。げっそりとした顔をしており、目は真っ赤に充血している。  龍輝たちが送った写真を元に、その人物を必死に割り出していたのだろう。その前にも、いろいろと情報収集をしていたはずだ。何時間も休憩することなく、パソコンに釘付けだったその成果が、今手渡された資料だ。 「熊谷(くまがい)敏明(としあき)、これが靄付き男の名前か……」 「なんですって!?」  大雅の呟きに美和が目を丸くする。そういえば、まだ彼が靄付きの男だとは報告していなかった。松井にいたっては、何のことだ? と不可解な顔をしている。  龍輝は慌てて靄付き男と熊谷が同一人物であることを美和に報告し、松井には自分の能力について説明する。大雅はその間もずっと資料に目を落としていた。 「はぁ……。新條に引っ張られてここに配属になるからには、何かあると思ってはいたが……まさかなぁ」  龍輝からの説明を聞き終えた松井は、驚きと感心が入り混じった溜息をつく。  驚くべきことに、松井も龍輝の話を何の疑いもなく信じた。美和や萌香は大雅から話したらしいが、やはりすんなりと信じたと聞いている。  靄は龍輝にしか見えない。そして、靄付きの人間が必ず犯罪に関わっているということは、靄の見えない他の人間からすると単に偶然か思い込みだと言われるのがオチだ。そう思って、龍輝は大雅と出会う前には誰にも話したことがなかった。 「信じてくれるんですか?」  尋ねると、松井は何を言ってるんだというような顔をして「当たり前やろ」と言った。 「スパイトを破壊できるあいつがおるんやし、スパイト保持者がわかる人間がおっても全然不思議やない」  そう言われるともっともだ。  龍輝が笑うと、松井も表情を和らげた。 「痣のある場所はわからんのか?」 「はい。わかればいいんですけど」  それも同時にわかれば話は早い。どうせなら、その力も一緒に欲しかった。  そう思いながら苦笑していると、大雅に肘をつつかれる。 「お前も資料に目を通しとけ」 「あ、はいっ」  龍輝は慌てて資料に目を通す。  靄付きの男は、熊谷敏明、三十五歳。やはりもぐりの探偵だった。請け負う仕事は犯罪まがいのものばかり。リスクが大きい分、報酬もかなり高額だ。百万円以下では請け負わない。  杏は、この男に数度に渡って依頼をしている。ということは、最低でも数百万円の金を支払い、健一を探し当てていたということになる。なんという執念深さだろうか。  あと意外なことに、仲間はたった一人だけだった。それが、あの猫背の男だ。名前は比留間(ひるま)郁夫(いくお)、四十三歳。  彼はITに強く、場合によっては他人のパソコンに勝手に侵入して情報を集めていた。日がな一日引きこもっており、外には滅多に出てこない。今日、比留間を目撃できたことは幸運だった。 「この比留間って男は、こういうことにかなり慣れているんでしょうね……」 「そうやな。たった一人で何人もの人間を探し出しとったんやから。パソコンがあれば、足を棒にすることもなく人を探せる……嫌な世の中やな」  大雅がすぐ側のデスクに資料を無造作に置いた。どうやら全て読み終えたらしい。  今や、あらゆる情報がネット上に晒されている。欲しい情報のほとんどが手に入るとまで言われているのだ。それを上手く利用すれば、人探しなど簡単というわけか。探している相手がパソコンやスマートフォンも持たず、ネット社会から離れている場合はそうでもないのだろうが。
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