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龍輝が名前を書き終え顔を上げると、大雅がこちらを見てニヤリと笑った。手帳を渡すと、それを奪い取るようにして受け取り、熱心に視線を走らせる。
一つ一つ名前を確認しながら、考える仕草も見せる。もしかして、彼らの名前と犯罪とを照らし合わせているのだろうか。
いや、そんなわけはない、と龍輝は頭を振る。
警察官が犯罪者と関わる機会は、残念ながら無数にある。自分が深く関わった事件は覚えているだろうが、そうでないものはとても長期間記憶の中に留めてはおけないだろう。それに、大雅はまだ若い。関わった事件の数も、まだそれほど多くはないはずだ。
龍輝は交番勤務なので、殺人などの大きな事件に関わることはほぼない。それでも、大都会東京で犯罪件数も多い新宿を職場としてるだけあり、犯罪者を見かけたり接する機会は地方よりも遥かにあった。
すでに犯罪を犯している場合を除き、靄に覆われた人間が実際に犯罪者として逮捕され、その情報を龍輝が得るまでの時間はバラバラだ。ほんの数時間後のこともあるし、何ヶ月も後だったこともある。靄の濃さなどでその時間を計れたらいいのだが、靄の濃さは皆同じで、個人差や犯罪の大小とは全く関係がない。
龍輝は、自分の管轄以外の事件にも目を配るようにしており、首都圏で起こった犯罪については大体把握している。その中に靄付きの人間がいるのか、それを逐一調べていた。
幸い、龍輝は人の顔を覚えるのが得意な方で、靄付きの人間の顔ははっきりと覚えている。その顔と犯人の顔を照らし合わせ、確認するのだ。そうやって自分の中でデータを蓄積していくうちに、それらは100%一致するという驚くべき事実に辿り着いてしまった。
「すげぇ……」
大雅は感心したように呟き、ようやく顔を上げる。その顔は、おおいに満足したものだった。
「靄を見た人間の顔を覚えて、犯罪データと照らし合わせたって感じか?」
「はい」
「お前の言うとおり、100%やな」
「……残念ながら」
外れればいい、そう思ったことも数知れない。該当がある度に、暗い気持ちになるのだ。
いくら犯罪を犯そうとしている人間がわかっても、それを止めることができない。犯罪を犯した人間がそこにいても、立証できなければどうしようもない。わかっているのに、どうにもできないのだ。
「驚いた」
「私こそ驚きました。まさか、こんなに簡単に信じていただけるとは……」
「まぁ、俺も似たような能力を持っとるし」
「は?」
龍輝が目を丸くすると、大雅は再び手帳に視線を落とし、フッと切なげな顔をした。憂いを帯びたその表情は、これまでの大雅とはまるで違う雰囲気を纏っており、つい見入ってしまう。
しかし、大雅の次の言葉に龍輝はまたもや目を丸くすることになる。
「これ、スパイト犯罪や。……見事に100%な」
龍輝の喉が、ヒュッと音を立てた。
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