01-3. スパイト犯罪対策室

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01-3. スパイト犯罪対策室

   スパイト犯罪──それは近年、右肩上がりで増加している。  スパイト(Spite)とは、人の悪意や欲望を増幅させる石と定義されている。「悪魔の石」とも呼ばれていた。とはいえ、実物を見た人間はいない。それなのに、どうして「石」だとわかるのか。それは、スパイトを体内に保持していた人間からの証言による。  スパイトは、錠剤ほどの小さなものらしい。自然発生した物体か、もしくは人の手によって作り出されたものなのかはまだ不明だ。そして、どのように体内に入ったのかは、保持者たちも把握していない。  わかっているのは、スパイトを一度体内に取り入れると、その人間の悪意や欲望が肥大し、箍が外れてしまう。黒く染まった心にただ忠実に従い、やがては犯罪に手を染めることとなる。欲望に忠実であるが故に、抑えが全く効かない。何人もの人間を巻き込んで大きな事件を起こす、などということもよくあることだった。  さらに厄介なことに、体内に入ったスパイトはその姿を消してしまう。姿は消すが、存在はしている。なので、医療手段を用いて取り出すこともできない。スパイトが「悪魔の石」と呼ばれる所以だ。 「オレが靄を見た人間は、スパイト保持者ってことですか?」 「あぁ。そこまでは把握してなかったんか?」 「はい……」  スパイトの存在は、世間一般にはほとんど知られていない。例えスパイトが原因で起こった犯罪でも、その情報は警察内で管理され、外部には開示されないからだ。  警察の人間なら、スパイトの基本的な情報くらいは知っている。だが、詳細までは知らされない。全てを把握しているのは、警察組織内でもごく一部に限られていた。  龍輝が照らし合わせた資料にも、その犯罪がスパイトによるものだとは記載されていなかった。警察官なら誰でも閲覧できるデータなどには記載されないのだろう。  龍輝は脱力し、大きく息を吐き出した。 「なんだかなぁ……」  顔を俯けて考え込む龍輝の顔を、大雅が強引に覗き込んでくる。それに驚き、思わず身体を仰け反らせると、大雅が龍輝の腕を掴んで顔を寄せてくる。 「なに悩んどんねん」  悩んでいるわけではないが、ふと思うのだ。  スパイト保持者には、身体のどこかに星型の痣があると言われており、すぐに目につく部分にある場合もあれば、細かく確認しないとわからない場合もあるという。本体が姿を消してしまう以上、星型の痣がスパイトの象徴だ。 「痣の場所がわかるわけじゃないんだけどな」    靄は身体全体を覆っていて、特定の場所に集まっているわけではない。どうせなら、痣の場所までわかればいいのに。  靄の正体がスパイトなら、その位置までわかった方がいいに決まっている。どうにも中途半端だ。  そう呟くと、大雅が「アホやな」と呆れたように返してきたので、ムッとする。不機嫌な顔をする龍輝の頭をポスポスと軽く叩き、大雅は屈託なく笑った。 「そんなんわからんでもええやん。保持者がわかるってだけで、すごいことや」  思いがけなく褒められ、龍輝は戸惑いつつも照れる。  自分のおかしな能力をすんなり信じてくれただけでなく、こうして評価してもらえるなど、ありえないことだと思っていたのだ。  それと同時に、昔のことを思い出す。  幼い頃に見えたあの靄も、スパイトだったのだろうか。  スパイトは、近年ようやく認知された存在だ。龍輝が幼かったあの頃には、スパイトの存在など誰も知らなかったろうし、名前さえなかった。しかし、それは確かに存在していたということになる。そう考えると、背筋が寒くなった。 「こんなところで、スパイト保持者がわかるなんていう能力者に会えるとはな」  嬉しそうに大雅が笑う。  龍輝としては少々複雑だが、靄が見える理由としては、これ以上納得できるものはなかった。大雅の言うとおり、自分はスパイト保持者を判別できる能力を持っているのだろう。  どうしてそんな能力があるのかわからないが、その理由を突き詰めたところで答えなど出ない。あるのだから、ある。それは、神が龍輝に与えた能力なのだ。  能力という言葉で、龍輝は大雅が言っていたことを思い出す。 『まぁ、俺も似たような能力を持っとるし』  龍輝は食い入るように大雅を見つめた。  似たような能力、それは一体どのようなものなのだろうか。
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