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「あの」
「なんや?」
「新條さんの能力って……」
「お、彼女、出てきたで」
大雅の声に、龍輝は施設の方を見る。
彼女はちょうど建物から出てくるところだった。彼女の周りには、相変わらず靄が立ち込めている。
入っていった時とは違い、髪がすっきりとしていた。予想通り、ヘアサロンへ行っていたようだ。だが、思ったほど時間はかからなかった。
「行くで」
「はいっ」
大雅に続いて龍輝も後を追いかける。ここで彼女を見失っては元も子もない。
二人は急いで飲み終えたカップをゴミ箱に捨て、彼女の尾行を始めた。
*
「はぁ……やっぱ、慣れんとこでの尾行は疲れるわー」
二人は彼女の住まいを特定することに成功し、今日のところはひとまずそれで終了となった。
普通ならここで解散だ。これから彼女にどのような捜査が入るのかわからないが、龍輝に知らされることはないだろう。だが、龍輝はこのまま引き下がりたくなかった。それに、まだ大雅の能力の話も聞けていない。
龍輝が大雅に直談判しようと口を開きかけた時、大雅はそれを予測していたかのように言ってきた。
「龍輝、その気があるなら、私服に着替えてから警視庁へ来い。近くまで来たら俺に電話しろ。迎えに行く」
その場で連絡先を交換し、一旦別れる。
龍輝は急いで職場に戻り、上司に報告を済ませ、仕事をあがった。あれこれしつこく聞かれやしないかと心配したが、意外とすぐに解放されホッとする。
そこからすぐに警視庁へ向かい、駅に着いた時点で連絡を入れた。建物の前にはすでに大雅が待っており、そのまま中へ入る。
どこへ連れて行かれるのかと思えば、小さな会議室だった。しかし中に入ってみると、ダンボールが所狭しと積み上げられている。会議室と書かれてはいたが、どうやら今は倉庫として使われているようだ。
「俺らが出張の時には、大抵この部屋を使わしてもらってる」
「俺ら……?」
大雅は、ダンボールが積み上げられているその奥へと歩みを進める。するとそこには、一応仕事場と呼ばれるスペースがあった。デスクもあり、パソコンも置かれている。
デスクに座ってパソコンのモニターにかじりついていた人物が、ふとこちらに視線を向けた。
「あ、おかえりなさーい」
「ただいまー。こいつがさっき話した沖田龍輝や。よろしくー」
「はーい、よろしくお願いしまーす」
なんとも気の抜けるような緩い会話だ。だが、自己紹介はきちんとしておかねばなるまいと、龍輝は姿勢を正し、敬礼する。
「はじめまして。私は四谷警察署……」
「新宿交番の沖田さんですよねー。大雅さんから聞いてますから大丈夫でーす。あ、私も龍輝さんって呼んでいいですか?」
「え、あ、はい」
その人物は立ち上がり、龍輝に向かってペコリと軽く頭を下げた。
「大阪府警スパイト犯罪対策室の石川萌香です。ここ狭いんですけど、適当なところに座っててくださいね。私、お茶もらってきまーす」
「え、あの、お構いなく……」
「おー、頼むなぁ!」
「はーい」
萌香はダンボールの間をすり抜け、部屋を出て行く。
龍輝は呆気に取られていた。
大雅とここへ来ているということは、おそらく彼女も刑事だろう。にしては、のんびりしているというか、マイペースというか。警察はただでさえ男社会だというのに、あのような話し方ではよけい舐められるのではないだろうか。他人事だというのに、ついそんな心配をしてしまう。
「龍輝の考えとることは大体わかるけどな。あいつ、萌香は刑事じゃなくて、俺らのサポートや」
「サポート?」
「さっきあいつが言うてたやろ、スパイト犯罪対策室って。そこでの書類作成やら申請やら調べものやら、そういうのを一手に引き受けとる事務職員や。ただ、あいつはちょっと特殊で、こうやって出張についてきたりもする」
「あ!」
うっかり聞き流してしまうところだった。
スパイト犯罪対策室。そのような組織があるなど、初めて知った。しかも、その組織があるのは警視庁ではなく、大阪府警だという。いや、もしかしたら警視庁にもあるのだろうか。
そんな風にいろいろ考えていると、またもや先回りして大雅が言った。
「スパイト犯罪対策室は、大阪府警だけの組織や」
「大阪府警だけ? それはどうしてですか?」
大雅がニヤリと笑う。その勿体ぶったような笑みに少々苛つくが、龍輝はなんとか我慢する。
大雅はたっぷり間を置いた後、得意げな顔で自分を指差した。
「俺がおるからや」
「……はぁ?」
龍輝は思わず眉を顰め、素っ頓狂な声をあげてしまった。
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