01-3. スパイト犯罪対策室

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「石川さん、中まで持っていきましょうか?」 「いえいえ、ここでいいですよー」 「ここまで来たんだから……」 「ここ、一応対策室分室なので、秘密のこともいっぱいあるんですぅ。すみませーん」 「そうか……なら、しょうがないですね」 「でも、持っていくの大変ですよね? すぐ近くまで持っていくくらいは……」 「えーっと、ごめんなさぁい!」  入口辺りで繰り広げられている会話がふと耳に入ってきて、龍輝は目をぱちくりとさせる。  萌香と会話しているのは、数人の男性。萌香はお茶をもらってくると言って出たはずだが──。  どうして数人もの男性がいるのかと首を捻っている龍輝に、大雅がプッと噴き出す。 「せっかくかっこよくキメたのに、お前変な声出しよるし。おまけに萌香は、またぞろぞろと取り巻き連れてきよるし。締まらんなぁ」 「取り巻き!?」 「あいつ、見た目可愛いやん? だから、ファン多いねん」 「ファン……」  確かに、萌香にはアイドル的な愛らしさがある。それは認めるが、ここは天下の警視庁。庁内にいるこということはまだ職務中であり、にもかかわらず、おっかけのようにホイホイとついてくるというのはいかがなものか。  眉を顰める龍輝を見て、ププッとまた大雅が笑った。 「お堅いなぁ、龍輝」 「いや、でも……」 「萌香、人たらしやからなぁ。あっちこっちに信者がおるで」 「それは……すごいですね」  大雅も得体が知れないと思っていたが、どうやら萌香もらしい。スパイト犯罪対策室というのは、そういった人間で構成されているのだろうか。  そんなことを思っていると、萌香がようやく戻ってきた。 「はぁー。皆さん構ってくれるのはありがたいんですけど、ちょっと構いすぎ」 「萌香、どんだけもらってくんねん」  萌香がテーブルに置いたのは、お茶のペットボトルが数本、缶コーヒーやら紅茶、紙パックのジュースまである。 「だってぇ、自販機にいたら皆が集まってきて、これもこれもこれもって、どんどん増えちゃったんですよー」 「ここ、冷蔵庫ないのに」 「ですよねぇ。ま、残りはお持ち帰りで。龍輝さん、お好きなのをどうぞ!」  萌香に促され、龍輝は礼を言って缶コーヒーを手に取る。大雅は、紙パックのコーヒー牛乳にストローをさした。大雅の容姿とコーヒー牛乳、そのギャップに龍輝は思わず笑ってしまいそうになり、堪える。しかし、萌香が目ざとくそれを見つけ、指摘した。 「笑いますよねー! 大雅さんって、見た目だけならそこらの俳優なんかに負けないくらいイケメンなのに、中身が残念なんですよねぇ……」 「こら萌香! どこが残念やねん!」 「えー、だって、味覚は完全にお子様だし、性格もお子様だし」 「誰がお子様やねんっ」 「そうやってムキになるところとか」 「ムキにさせとるんやろうが!」 「あー、それと、身長がちょっと残念ですよねー。龍輝さんくらいあれば、もっとかっこよかったのにぃ」 「ぐあーーーーっ! それ言うなーっ!」  天井に向かって叫ぶ大雅に、龍輝はたまらず声をあげて笑ってしまう。  身長、これは大雅にとってなかなか痛いところだろう。実は、龍輝も少しだけ思っていたのだ。  大雅は整った顔立ちにスラリとした体躯の持ち主で、萌香の言うとおり、そこらの俳優にも引けを取らないだろう。だが、身長が若干控えめなのだ。おそらく二十代男性の平均身長を下回っているかと思われる。龍輝と十センチほどは差があるだろう。 「龍輝! 笑うなっ!」 「す、すみません」 「って言いながら、まだ笑とるやんけ!」  このバリバリの関西弁も、ギャップといえばギャップだ。だがそれが見た目完璧にもかかわらず、大雅が親しみやすい理由にもなっているのだろう。  憮然とした顔でコーヒー牛乳を喉に流し込み、大雅は龍輝に向き直る。その表情はこれまでとは一転し、真剣なものになっていた。龍輝もつられて表情を引き締め、背筋を伸ばす。  大雅はデスクに置かれていたタブレットを手にし、その画面に一人の女性の写真を表示させた。その顔を見て、龍輝は目を見開く。そこには、先ほどまで尾行していた彼女の顔があったのだ。
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