スマイル、お席で召し上がりますか?

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「スマイルのセットください、ドリンクはジンジャーエールで」 ドアを開けるなりその声が聴こえた。 まだこんな冷やかしやってるやついるのか。 そう思って見てみると声の主は八十歳くらいのおじいさんだった。 杖をついて脚は小刻みに震えていた。 「すいませんお客様、スマイルはセットないんです。 単品ならさせてもらえるんですけど」 その老人のひ孫くらいのアルバイトの子が素晴らしい接客でおじいさんをたしなめている。 「嘘つけ。 わしゃ、今朝電車のつり革の上のポスターでスマイルセット発売中と書いてあるの見たぞ。 さっき駅前で女子高生が『スマイルセットが熱い』と言ってたのも聞いたぞ」 そんなに嘘を並べたててどうするつもりだ。 ドミノ倒しのように嘘が倒れたらその杖一つで止めれるのか? 疑問に思っていると、ずっと入り口で立っている俺をもう一つのレジの店員が怪しそうに見つめている。 いや、俺を怪しむ前に隣のレジのフォローとかしてあげろよと思ったが、隣のおじいさんはもう虫の息だ。 自分の嘘に身体を絡められてもう嘘がつけなくなっている。 対応している女子高生くらいのアルバイトを見ると「論破、也」という顔をしていた。 強い。 ここのアルバイトは強い、と思い足がすくむ。 俺はアイスコーヒーのSを飲みたかっただけだったが、そうさせない雰囲気がレジには蔓延していた。 しかし、俺も男一匹三十五歳。 こんなところで引くわけにはいかない。 ふと異変を感じ隣を見ると、おじいさんの顔が大きな黄色のスマイルマークに変貌していた。 「ワシはスマイル星からやってきた住所不定、職業不明、明日は未定のスマイル王子じゃ。この国にはまだまだスマイルが不足しておる」 途中、ラッパーのようになっていた自称スマイル王子とやらが気になって注文に集中できないでいるとメニューにミートボールという文字を見つけた。 ハンバーガーショップにミートボール?と思い、無言で前の店員を見てみると「やらしてもらってます」という顔をしていた。 さらに横のおじいさん、いやスマイル王子の対応をしている店員を見てみても「やらしてもろてます」とこちらは京都寄りの顔をしていた。 これが横の連携かと思い、つい流石だなと関心してそのまま五分間ほど立ち尽くしてしまった。 ふと耳をすませると後ろから声が聴こえる。 そう、俺が立ち尽くしてしまっている間に客が並んでしまっていたのだ。 だが一体何を言っているのだ。 耳をすませる。 「ミートボール!ミートボール!」 ミートボールコールだ。 サッカー選手って、こんな気持ちなのか。 そう思った俺はセリエAのような顔をして 「ミートボール五個」と頼んだ。 すると店員は 「すみません、ミートボールは六個からになります。 六個でよろしいですか?」 と言ってくる。 これが本場のカルチョのディフェンスか。 望むところだ。 「じゃあ十五個で」 俺は強気に出た。 すると今度は 「あのー、六個単位になりますので、十八個にされますか?」と言ってくる。 後ろのサポーターから「数学できないのね、あの人」「いやあれは算数の次元だぜ」という声が聴こえる。 ときにサポーターは辛辣だ。 昨日の敵は今日の友。 逆もしかりってやつか。 仕切り直しでさらなる数のミートボールを頼んでハットトリックミートボールを決め込もうと思ったが、隣のスマイル王子の方から「スマイルボール5個くんなまし」という声が聴こえた。 「やられた…」 シンプルにそう思った。 対応中のレジ店員の顔が、スマイルマークになった。 俺の前の京風店員もスマイルマーク顔に。 後ろで調理している店員二人もスマイルマーク顔に。 あと一人はどこだと探すと、入口になぜかいた銀行にいがちな警備員風の人もスマイルマーク顔になっていた。 このハンバーガーショップにスマイルが溢れかえってしまう。 負けられない。 俺はこれは絶対に負けられない戦いだと悟り大きく深呼吸をする。 ゴクリという唾を飲み込む音が自分から聴こえる。 店員を睨む。 参観日のお母さんのような顔をしていた。 「きゅうりの浅漬バーガー二個」 店員は目をそらした。 静寂があたりを包む。 「と」 残念ながら俺は諦めが悪かった。 「世界のバーガーシリーズから、パリジェンヌもびっくりモン・サン・ミッシェルアップルパイ一つ」 と目を見開いて言った。 後ろから「アップルパイかい」と小さな声が聴こえた。 その後「しょうた、突っ込んだらダメ。空気で息の根を止めるのも優しさよ」とお母さんの声。 振り返ると並んでる客の顔が全部フランス国旗になっていた。 今店に入ってきた客はパン屋さんと勘違いするんじゃないだろうか。 言ってるそばから入ってきたお客さんが「あれ?パン屋?」と困惑している。 その客にフランス国旗顔の客の一人が近づいていき肩に手を置き「夢は見るものじゃなくて、叶えるもの」と言っている。 言われた客の顔が変わった。 若返っている。 甲子園球児になったのだろうか。 「僕、ラクロスで世界に羽ばたきます」 と力強く言っている。 高校からラクロスを始めるという先見投資に俺は感服してしまった。 冷静になって周りを見ると顔が変わっていないのは俺だけだ。 やはりこの国は多数決の国なのか。 普通のはずの俺が圧倒的に居心地が悪い。 どうしようか迷っていると、隣のレジでフランス国旗顔の客が注文している。 自称スマイル王子がいない。 ふと席を見渡すと、入口窓際のOLが座るべき席に自称スマイル王子は座っていた。 脚を組んでため息混じりに外を見ている。 机の上には番号札の四十九番。 一体最長でどれだけ待たせる気があったのだろうと首を傾げているとスマイル顔の店員が自称スマイル王子の元へドリンクを片手で持っていった。 電気が消えた。 「お待たせしました。 ジンジャエールです」 と友人からのサプライズケーキを持っていくような雰囲気でジンジャエールを差し出した。 「ちょっと聞いてないよ。 恥ずかしいんだけど」 と自称スマイル王子。 それに対してのリアクションのように電気がついた。 俺は覚悟を決めた。 「ジンジャエール一つ」 目をギンギンにして言った。 「ここで飲んでいかれますか?」 そう聞いてくる店員の目は挑戦的で、やめるなら今ですよと言っているように見えた。 スマイルマーク顔でそれを感じさせる表情の演技にも見惚れた。 「もちろん」 俺は威勢よくそう答えると 「ではこちらを机に乗せてお待ち下さい」 と言って店員が俺に番号札を渡してきた。 札には「シャネルは五番」と書いてあった。 俺は涼しい顔で受け取り、保険のつもりかレジから遠くの窓際の席に座った。 周りにはあまり他のお客さんがいなかったが、これは気持ちで負けていると不安になった。 数分後、店員が近づいてくる。 電気が消えた。 「お客様、ジンジャエールでございます」 電気がついた。 目の前に置かれたドリンクを見ると、ストローの代わりに牛串が入っていた。 それを見て俺は不覚にも目頭が熱くなってしまった。 何者にも変身できない俺への当てつけか。 最初はそう思ったが、一周半回ってこれは「親に感謝しなさい」というメッセージだと気付く。 涙を垂らしながら牛串を食べる。 気付けば俺以外の皆がスマイルマーク顔になっていた。 フランス国旗顔もスマイルマーク顔になっている。 俺だけだ、変わっていないのは。 泣いているのは。 「今日は泣いていいですか?」 と近くの席のスマイルマーク顔の客に聞いた。 「いいですよ。 でも一つだけ助言をいいですか」 俺は涙を拭いて頷いた。 「そこはOLさんが座る席ですよ」 俺は顔が変化していくのを感じた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加