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愚連隊‐3‐
まだ夜も明けきらない、薄暗い時間。
冷たい朝もやが辺りに垂れこめるなか、レヴィアは門柱の脇に立っていた。
門の外には、まだ雪割草は見当たらない。
冷たくなった指先に息を吹きかけると、白い息がほわりと夜明けの空にのぼっていった。
もやの向こうから、小さな足音が聞こえてくる。
頃合いを見計らってレヴィアが門の陰から顔をのぞかせると、身をかがめていた小さな姿がびくっと震えて、一歩下がった。
「ごめん、驚かせちゃった?」
レヴィアは頭巾を外しながら、布の塊にゆっくりと近づく。
「お花、いつも、ありがとう。すごく早くに、来てくれてたんだね」
「この時間、じゃないと、見つかっちゃう。怒られる、から……」
後ずさっていた足を止めた布の塊から、細い声が聞こえてくる。
「怒られる?」
「ヴァイノが、ほかの人間は、信用するなって」
「……ふぅん?」
「でも、お礼、したくて。ひざ、痛くなくなったの。でも、お薬、捨てられちゃって……」
「え?じゃあ、傷は大丈夫?見せて?」
布の塊は素直にうなずくと、布とぼろぼろの下衣を同時にめくり上げてみせた。
「かさぶたになってるね。よかった。もう、痛くないでしょう?」
細い足をのぞき込んでいたレヴィアが顔を上げると、布を巻いた小さな頭が再びうなずく。
「お返しをしようと思って」
レヴィアが焼き菓子の入った袋を渡そうとした、そのとき。
「触んなっ!」
若い怒鳴り声が辺りに響き渡り、同時に、かなりの大さの石がレヴィアの額を直撃した。
(痛っ!)
レヴィアが思わず額に手を当てると、ぬるっとした感触が指先に伝わってくる。
「フロラ、こっち来い!テメェ、この外道!」
門から少し離れた道の真ん中で、銀髪の少年が思い切り腕を振りかぶっていた。
「餌づけなんかしやがって!」
勢いよく投げられた石が、レヴィアの体に当たって鈍い音を立てる。
「ヴァイノ、ダメ、だよ!」
走り寄った布の塊が、少年の上着の裾を引っ張り止めるが、その耳には入らないようだ。
両腕で頭部をかばうレヴィアの体中に、次々と礫が当たる。
少年の投石の腕はなかなか優秀で、そこそこ痛い。
(そういえば、使用人にもよく投げられたっけ)
石の霰を浴びながら、レヴィアは他人事のように思い出していた。
突然、軽い金属音とともに、石礫の攻撃がやむ。
(……?)
レヴィアが腕を下げると、目の前には自分をかばうようにして立つ、旅装束の背中があった。
「んだよ、オマエはよっ」
明るくなってきた空の下、ヴァイノの鮮やかな瑠璃色の瞳が、険悪に細められる。
「刃物なんか持ち出しやがって!」
再びヴァイノから投げられた石は、短剣によっていとも容易く弾かれていった。
「くっそ!」
むきになって、ヴァイノは次々と足元の小石を拾っては投げるが、ひとつとして当たらない。
拾える小石がなくなったことに気づいたヴァイノの動きが、一瞬止まる。
「ちっ」
ヴァイノが移動しようとした、その瞬間。
飛び出してきた旅装束が、ヴァイノに足払いを食らわせた。
「うわっ!」
痩せぎすの少年の体が宙を舞う。
ドスっ!
「いって、わぁぁ!」
重い音を立てて仰向けに倒れたヴァイノの上に、旅装束が身軽にまたがった。
あっけにとられていたレヴィアは、ヴァイノの襟元を締め上げている旅装束を見て、我に返る。
「殴らないで!」
旅装束の拳が、今にも振り下ろされようとしていた。
「でも、怪我を」
「大丈夫。かすり傷」
「……貴方がそう言うのなら」
しぶしぶ腕を下ろした旅装束は、立ち上がってヴァイノをじろりと見下ろす。
「仲間が世話になったのではないのか?礼がこれか。雪割草を見習え」
「げ、外道なんか、信用できるかよっ!」
金縛りにあったように動けないヴァイノだが、声だけは威勢よく怒鳴った。
「外道だと?」
旅装束はしゃがみ込むと、再びヴァイノの襟首に手をかける。
「じゃあ聞くが、トーラ人なら全員、信用できるのか」
ぐいと頭を持ち上げられたヴァイノは、ピクリとまぶたを震わせて口を閉じた。
「我が主の何を知っている。彼がお前に何かしたのか?偏見をもって投石するお前の行為は、信用に値するものなのか」
「オマエだって、オレに暴力振るうじゃねぇか!」
「まだ殴っていないぞ」
「殴ろうとしたろっ!」
「同じなのか?ならば、せっかくだ。殴っておくか」
「……や、その……」
拳を見せつけられたヴァイノの目が、おろおろと泳ぎだす。
「よく覚えておけ。主に災いなす者は私の敵だ。主が許すと言うから、今回は見逃す。だが、次に手を出してみろ」
旅装束が、ヴァイノの目と鼻の先に顔を近づけた。
「ぼっこぼこにするぞ?」
声も雰囲気も、不穏でしかないのに。
旅装束が得意気に使う俗語に、レヴィアは笑いが込み上げてきた。
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