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愚連隊‐2‐
レヴィアの目の前で、布の塊がブルブルと震えている。
「あの」
「!」
声をかけると、膝を手で押さえながら、塊はますます植え込み奥へと身を隠した。
「転んだとき、ケガしちゃった?」
かつて触れられることに怯えていた自分に、アルテミシアがそうしてくれたように。
レヴィアはゆっくりと腕を伸ばして、泥まみれの手を膝から外させた。
「ずいぶん、すりむいちゃったね。痛い?」
垂れ流れている血を清潔な布でぬぐうと、レヴィアは腰袋から取り出した軟膏を、傷に塗り付けていく。
触れるたびにビクリと体を震わせるけれど、布の塊は、レヴィアの治療を大人しく受けていた。
「はい、おしまい。傷を洗ったら、もう一度これを塗って」
レヴィアは軟膏を手渡しながら、小さな手を取って立ち上がらせる。
「傷がふさがるまで、朝と夜、塗るといいよ。ほかのみんなは、森のほうに行ったみたいだけど、どこにいるか、わかる?」
小さな頭が小さくうなずくのを見て、レヴィアはもうひとつ、焼き菓子が入っている袋を取り出た。
「これも、あげる」
細い手をぶんぶんと横に振りながら、布の塊は一歩、二歩と下がっていく。
「買ったものじゃないよ。僕が焼いたんだ。味見、してみる?」
レヴィアが袋から菓子を出しても、布の塊はフルフルと頭を横に振るばかりで、受け取ろうとしない。
「いらない?」
レヴィアが首を傾けるのと同時に、布の奥からグゥと腹の鳴る音が聞こえてきた。
「ふふ、どうぞ」
柔らかいレヴィアの笑顔を見て、小さな手がおずおずと伸びてくる。
「美味しい?」
ひったくるように菓子を手にしたかと思うと、せわしなく口を動かし始めた布の塊に、レヴィアはほっと息をついた。
「口に合ったなら、またおいで。心配、しないでいいよ。持っている者が持っていない者に分けることは、当たり前、だから」
小さな手が、受け取った袋をぎゅっと握りしめる。
「気をつけてね」
ぴょこんとお辞儀をしたかと思うと、布の塊は菓子の入った袋を片手に、大急ぎで走り出していった。
レヴィアが見送る視線の先で、ぼろぼろの下衣の裾が、はためきながら遠ざかっていく。
(僕も、あんなふうに見えていたのかなあ)
小さくなっていく背中を見守るレヴィアは、アルテミシアたちと出会った一年前を思い出していた。
翌日のこと。
レヴィアが作業の続きをしようと前庭に出ると、門の外側に小さな青い花が一輪、置いてあった。
「雪割草だ」
しゃがんで摘まみ上げたその花を目の前にかざすと、晴れた空に花弁の色が溶けるようだ。
森を歩いた獣の足にでもくっついてきたのかと思っていたが、それから毎日のように雪割草が置かれるようになって、とうとう五日目。
「わあ」
門の前に置かれた雪割草の花束を見たレヴィアから、思わず声が漏れた。
(やっぱり、あの子かな)
そっと手のひらに包み込んだ花束の向こうに、焼き菓子の入った袋を握りしめながら走り去った、小さな背中が思い出される。
(お礼かな?)
温かな気持ちなるが、いつ来ているのだろうと不思議に思う。
どんなに朝早く庭に出ても、すでに門の前には、ひっそりと雪割草が置かれているのだ。
この心遣いにお返しをしたいが、どうしたものか。
(塗り薬はまだあるよね。焼き菓子は……)
美味しそうに食べてはいたが、門の外に置いておくことは難しい。
野生動物に嗅ぎつけられてしまうだろう。
レヴィアは手にした雪割草を眺めながら、しばらく考えをめぐらせた。
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