愚連隊‐5‐

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愚連隊‐5‐

 トレキバの市場広場も、まだ目覚めを迎える前の静かな朝。    夜明けからやっている大衆食堂へ向かっていたジーグは、聞き覚えのある声に足を止めた。 「こんなもん、捨てろっ!」 「やだ!私が、もらった!」  銀髪の少年が高く上げた手に持つ袋を、ぼろ布を巻いた小さな体が、飛び跳ねながら取り返そうとしている。 (ヴァイノとフロラ?) 「返して!」 「ホドコシなんか受けんなっ!」 (……ん?)  ヴァイノの持っている袋に見覚えがあったジーグは、足早にふたりに近づいていった。 「お前たちが言い合いとは珍しいな」 「ジーグさん!」  背後からの声に驚き、振り返ったヴァイノの腕が思わず下がる。 「あ!このヤロっ!」  すかさずその手から袋を奪い返したフロラは、さっとジーグの背中の影に隠れた。 「返せっ!うわ、いってぇ!」 「女性に乱暴とは、感心しないな」  フロラにつかみかかろうとしたヴァイノの腕を、ジーグはひょいとひねり上げる。 「だって、いててっ!わーかったよっ」  ジーグの腕を振りほどくと、ヴァイノはむくれてそっぽを向いた。    浮浪児集団のまとめ役であるこのヴァイノとは、半年ほど前からの知り合いである。  市場の商品をくすねることもあった連中で、店主たちから(ひど)く仕置きを受ける寸前だったところに、偶然ジーグが居合わせたのが、縁の始まり。    そのころ、大道芸から顔を売ったジーグは、さまざまな仕事を請け負うようになっていて、多くの店主とは顔なじみであった。  信頼厚いジーグの取り成しもあり、(から)くも少年たちは許されることとなったのだが。  その後も何かともめ事をおこしては、そのたびにジーグが事態を収めて回った。  簡単な仕事も手伝わせて、言い聞かせもしてきたが、毎日をともに過ごしてやれるわけではない。  そう簡単に、手に職をつけることなどはできなかったが、それでも、悪行の回数も減ってきていたのに。    ジーグは背中にぎゅっとしがみついているフロラを振り返る。 「その袋はどうした?」  空色の丸い瞳がジーグを見上げた。 「お屋敷の人に、もらった。心配しないで、またおいでって。お薬も、くれた」 「ほぉ」  やはり、このふたりはレヴィアに出会ったのだろうとジーグは察する。  だが、滅多なことでは、この少年たちが出会うことはないはずだ。  とはいえ、凄腕の護衛が目を配っているのだから。 「ヴァイノ、何をやった」 「え……」  ヴァイノは上目遣いをしながら、後ろ頭をぽりぽりとかく。 「ちょっと、腹減ったから」 「肉屋の屋根を一緒に直しただろう。かなり給金を弾んでもらったはずだが」 「こないだフロラの誕生日だったじゃん?そんとき、全部使っちゃった」 「……そうか。十三になったか」  ジーグは布で隠れた小さな頭をぽんぽん、と優しくなでた。    それぞれの事情で、少年たちには親がいない。  ほかに頼るべき大人もなく、金を計画的に使うことを始め何もかも、教え導いてもらったことがないのだ。   「少し、街に出てくる()が空いたか。悪かったな。どこの店でやらかした」 「……ガーティんとこ……」 「わかった。あとで私からも話をつけてやろう。それで?」  もちろんヴァイノとて、これでごまかせるとは思っていないし、世話になっているジーグに不義理はできない。 「で、フロラの様子がおかしいから、後つけて。……そしたら、トカゲみてぇな目ぇしたヤツが出てきて」  白状し始めたヴァイノから、レヴィアに怪我をさせたと聞くと、ジーグの顔つきがより険しくなった。 「お前、よく無事だったな。殴りかかってこなかったか」 「いや、きたよ?外道(げどう)が止めたんだ。え、ジーグさん、外道(げどう)とトカゲ目のヤツ、知ってんの?」 「人の外見を侮辱するような言葉を使うな」  穏やかだが厳しいジーグの口調に、ヴァイノは、はっとして口を閉じる。 「かく言う私も異国人、外道(げどう)だぞ。しかし、よかったな。止めてもらわなかったら、お前の顔の形は変わっていたところだ」 「うん……。すげぇ怖かったよ。知り合いなんだ?」 「まあな。それより、腹が減ってるんだな。わかった、仲間を集めろ。セバスの店で、一緒に朝飯にしよう」 「え、いいの?!やった!ジーグさん、ありがと!フロラはジーグさんと先に行ってろ!」  走りだしたかと思うと、あっという間に小さくなっていくヴァイノを見送り、ジーグはフロラの背中をそっと押して歩き出した。 「フロラ」  ただただ優しいその声に、フロラは広い背中を見上げる。 「お前にそれをくれた人は、レヴィアというんだ」 「……レヴィア……」  小声で繰り返しながら、小さな手がぎゅっと袋を握りしめた。 「お前たちと少し事情は違うが、レヴィアも親のいないところで、ずっと独りで生きてきた。彼を信じてみないか」  あんなお屋敷で、独りで生きていることなどあるだろうか。    ジーグの話はよくわからなかったが、レヴィアを信じろという言葉に、フロラは力強くうなずき返した。
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