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出会いの日‐2‐
ためらいなくリズワンの隣に座ったのは、こじゃれた装いを着崩した、一見するとならず者のような若い男だ。
「あれ?こないだ会ったときより、さらにキレイになってない?」
狐色の髪を無造作に束ね、紅の宝玉に繊細な金細工のついた髪飾りを挿した青年が、親し気な笑顔を浮かべる。
「相変わらず、軽くて薄いな、ラシオン」
リズワンの冷たい流し目にも、ラシオンと呼ばれた青年はめげる様子もない。
「そりゃそうでしょ。世の中渡ってくためには、身軽じゃないとね。くぅ~、その吹雪より冷てぇ目が、グッとくるわぁ」
「これで全員か?ジグワルド」
リズワンはラシオンの熱視線を無視して、周囲を見回した。
「え、この小僧らも一緒?」
呆気にとられたようなラシオンが、少年たちを振り返る。
「大丈夫なのかよ?だって……」
「説明はあとだ」
ジーグの低い声がラシオンをさえぎった。
「あともうひとり、予定しているんだが」
「あの隊商で用心棒をやっていた奴に、ほかにいいのがいたか?」
リズワンの問いに、ジーグは首を横に振る。
「いや。向こうからの志願だ。……来たな」
店に一歩入って首を巡らせている旅装束の人物に、ジーグが立ちあがって合図を送った。
「遅くなりました。申し訳ありません」
頭から旅装束をかぶったその人が、穏やかな声で謝罪をしながら間仕切り内に入ってくる。
頭巾を外すと白い髪があらわれ、温厚そうな褐色の顔には深いしわが刻まれていた。
だが、研ぎ澄まされたように光る黒い瞳が、只者ではないことを物語っている。
「遅くはありません。定刻です。……よし、お前たちはしっかり腹を満たせ」
料理を飲み込み、無言でうなずくだけの少年たちを見たジーグは、少しだけ口角を上げた。
「”来てくれたことに、まず感謝をする。話を受けてくれた、という認識でよいか”」
声を落としたディアムド語で、ジーグが集めた面々に切り出す。
「”割のいい仕事だからな。でも、まだ了承したわけじゃない。詳細は今日、教えてくれる約束だ”」
「”そうだったな。では、まず賢老の自己紹介を。あなたの話が、この依頼の詳細につながります”」
白髪の男は、卓を囲む三人に軽く頭を下げた。
「”私は、アガラム王国テムラン大公ご息女であり、ヴァーリ国王の妃殿下、リーラ様の側付きをしておりました、スライ・クルトと申します。妃殿下亡きあと、忘れ形見のレヴィア様にお会いできる日を、ここトレキバで、ずっと待ち望んでおりました”」
「ヴァーリ国王ひでっ、いてっ!」
大声を出しかけたラシオンの脇腹に、リズワンの肘がグサリと刺さる。
「舌を切り落とすぞ」
「ぐぇ……、すんません」
わき腹を抑えたラシオンは、首をすくめて声を潜めた。
「”……じゃあ、そのレヴィア様ってのは、トーラの王子ってこと?”」
わずかにあごを下げて、ジーグが肯定を示す。
「”幼少のころトレキバに移されて以来、その存在を公にされてはこなかった、トーラ国第二王子、レヴィア・レーンヴェスト殿下。それが、これからお前たちに守ってもらいたい方だ”」
「”なぜ隠されてきた?母がアガラム国の者だからか?”」
皆に合わせてディアムド語を使うリズワンが、不審そうにジーグを見上げた。
「”確かに、トーラは今でも、異国の民に対する偏見が強く残る。しかし、仮にも王子だろう”」
「”王宮内では、重臣たちの覇権争いが激しいのです。リーラ様は、それに巻き込まれて命を落とされたのだと、私は思っております”」
声を震わせて、スライはまぶたを閉じる。
「”首都トゥクースの離宮で、リーラ様とレヴィア様は、ひっそりとお過ごしでした。陛下に慈しまれ、それで十分と表舞台に立つこともなく。それなのに……”」
「”ああ、トゥクース市民による、離宮焼き討ちだろ。十年ちょっとくらい前か。ちょうどトーラで、流行り病が出始めたころだろう。異国民が毒をまいたとか、荒唐無稽なうわさ話が広まって、鵜吞みにした有象無象が、離宮に火を放ったんだってな。少し脅かすくらいの軽い気持ちだったんだろうが、折からの風に煽られて、大火になった。離宮ですいぶん死んで、首都もだいぶ焼けたらしいじゃないか”」
ラシオンの話を肯定するように、震える息を吐き出したスライがうなずいた。
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