王子の支柱‐1‐

1/1
前へ
/335ページ
次へ

王子の支柱‐1‐

 慣れない食事や湯あみにはしゃぎ疲れて、愚連隊が早々に寝静まってしまった夜更け。  ジーグはレヴィアの作業小屋に、集めた勇士たちを呼び出した。 「ここは?」  ラシオンはこじんまりと清潔な小屋の内部を、興味深そうに見渡している。 「僕が、薬草を調合する場所。向こうには、畑もあるんだ」  レヴィアは薬棚(くすりだな)からいく種類かの薬草と茶葉を選び合わせ、湯を注ぐ。 「リーラ様も、薬茶の調合がお上手でした」  レヴィアを見守るスライが、懐かしそうにつぶやいた、そのとき。  バタン!と、作業小屋の扉が勢いよく開かれ、みなの注目が集まる。 「えぇっ!誰だ、あれ」  扉に手をかけている少女に、ラシオンの目は釘付けとなった。    簡素な作業着からすらりとした手足をのぞかせ、流れ落ちる豊かな巻髪は、瑞々(みずみず)しい真紅の薔薇の花束のよう。  その少女が一歩入ってくれば、部屋の明るさが増したように感じる。 「昼間は顔も見せずに失礼をした。アルテミシアだ」  猫のような鮮緑の瞳が笑みを浮かべていた。 「もしかして、これが『お嬢』?あの旅装束(たびしょうぞく)の?うっわ、かっわいい」  ラシオンは足早にアルテミシアの前に進み出ると、(うやうや)しい動作でその手を取る。 「スバクル出身のラシオンと申します。隊商警備で、フリーダ卿にお声をかけていただきました。お目にかかれて光栄です。『お嬢』」 「なんだ、普通の口もきけるのか。見直したぞラシオン。……久しぶりだな、お嬢」 「リズ!」  ラシオンの手をさっと振り払うと、アルテミシアはリズワンに駆け寄り、抱きついた。 「いっぱしの令嬢みたいに大きくなったくせに、中身は昔のままか?……苦労、したな。よく、生き残った」  万感の思いがこもるリズワンの声に、アルテミシアの顔がゆっくりと上げられる。 「リズ……」  言葉を詰まらせたアルテミシアの頭を、リズワンは慰めるようになでた。 「えー、なにあれー、いちゃいちゃしちゃってさー。俺にもあれ、やってくんねぇかなー」 「馬鹿なことを言うな」  懐かしそうに見つめ合うふたりを見ながら、ふざけて()ねた声を出すラシオンの頭を、ジーグが小突(こづ)く。 「いてっ!……でも、リズ姐とお嬢って、どうして知り合い?リズ姐は東国(とうごく)の出だろ」  かなり強く叩かれた頭を(さす)るラシオンが、ジーグを見上げた。 「リズィエがチェンタ国で修業中、一年ほど一緒に過ごした。リズィエの体術は、ボジェイク老とリズワン仕込みだ」 「そりゃ手ごわそうだ。お嬢がいくつくらいんとき?」 「八つになっていた。ちょうど仕事でチェンタに滞在していたリズワンが、どういうわけだか、リズィエと気が合ったようでな。修行に付き合ってくれることになった」 「なるほどなぁ……。それじゃ、娘みたいなもんか」 「そうだな。ずいぶん可愛がっていた。リズィエが泣きべそをかいても、容赦なく稽古(けいこ)をつけていたくらいだ」 「え、それって可愛がってんの?」 「リズワンだぞ、泣かれてみろ。普通なら、そこで見限って放り出す」 「ああ、そうね。リズ(ねえ)ですもんね、って、あっち!」  乱暴に置かれた茶碗から飛んだ雫が、ラシオンの手にかかる。 「殿下、もうちょっと静かに、」 「ごめん、なさい」 「……えっと、いえ、こちらこそ?」  無表情のレヴィアからの謝罪に、ラシオンは戸惑いを隠せない。 「どうした?」  ジーグからのぞきこまれても、レヴィアはただ首を横に振るばかりだ。 「……どうも、しない。ジーグもどうぞ」    アルテミシアが使用人たちを調してから、レヴィアが表情を消すことなどなかったのに。  ジーグはふと、あごに指を添えた。
/335ページ

最初のコメントを投稿しよう!

106人が本棚に入れています
本棚に追加