王子の支柱‐2‐

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王子の支柱‐2‐

 レヴィアの薬茶を飲んだリズワンが、満足そうに目を細める。 「うん、いい味だ」  「これは気持ちを(ほぐ)す配合ですね。リーラ様と同じ味がいたします」  その隣で、口の中で転がすように、ゆっくりと茶を味わうスライが、深いため息をついた。 「今でも可愛いけれど、本当に小さかったころは、さぞかし可愛かったんだろうな、レヴィは。初めて会ったときは本当に可愛くて、ちょっと驚いたくらいだ。こんなに小さくて可愛い子が、迷わず助けてくれたのかと、心が震えた」 「ええ、それはもう」  アルテミシアを見上げるスライの目元に、柔和なしわが刻まれる。 「その髪は夜のように流れ、瞳は星を浮かべ輝き……」 「恋人に(ささや)くみたいな、キザっちぃセリフだなぁ」  呆れを隠さないラシオンに、スライは我が意を得たりとうなずいた。 「はい。ヴァーリ陛下が、リーラ様に贈られたお言葉です」 「ブフォっ?!」 「汚い。拭けっ」  盛大に薬草茶を噴き出したラシオンは、リズワンの凍えた視線に、慌ててジーグから雑巾を借りる。 「げほ、げほっ!……だって、あのトーラ王がそんなこと言う?『冷徹(れいてつ)(たか)』って呼ばれてる、あのヒトが?スバクルで言っても、きっと誰も信じねぇぞ」  仁王立ちするリズワンの前でぶつぶつ言いながら、四つん()いになったラシオンが、床を拭いていった。 「リーラ様やレヴィア様とご一緒のときは、陛下はずっと(ほが)らかでいらっしゃいましたから。私共(わたくしども)には、『冷徹の鷹』のほうが馴染(なじ)みませんでした。……レヴィア様は、覚えておいでですか?」  寂しそうに首を横に振るレヴィアの頬を、アルテミシアは指でそっとくすぐる。 「これから、新たな思い出を積み上げていけばいい。時間はたくさんあるんだから」  微笑むアルテミシアとされるがままになっているレヴィアに、スライが一歩近づいた。 「サイーダ。レヴィア様のおそばにいてくださったこと、どれほど感謝してもし尽くせません」 「サイーダ?」  聞きなれない言葉に、アルテミシアの首が傾く。 「アガラムの言葉で『乙女』を意味します。あなたとフリーダ卿に出会えたレヴィア様の幸せを、空の向こうで、リーラ様もどれほどお喜びになっていらっしゃるか」 「それは違うぞ。幸せを得たのは私たちのほうだ」  それはきっぱりとした、言下の断言だった。 「ディアムドを追われた私の命を、つないでくれたのはレヴィアだから。だから、私は決めたんだ。これからは、レヴィアを守るために()ろうと」 「年を取ると、すっかり涙もろくなりまして……。レヴィア様、本当に、良いご縁を得ましたね」 「あなたとの縁も、感謝してるよ、スライ。ずっと待っていてくれて、ありがとう」  スライが震えるまぶたをそっと閉じる。 「神よ、感謝いたします。……リーラ様……」  荒波を潜り抜けてきた褐色の頬に一筋。  涙がこぼれて、床に散っていった。  ジーグが説明する騎竜隊の計画を、ラシオンは小さくうなずきながら聞いている。 「規模は小さいが、個別撃破力の高い隊になりそうだな」 「一騎当千の能力を持つ者を招集したつもりだ」 「へへぇ?」  満更でもなさそうな顔で、ラシオンはジーグをちろりと見やった。 「あんときは楽な仕事だったじゃねぇか。俺の腕を披露する場面なんか、なかったろ?」 「二、三日行動をともにすればわかる。……お前の働きで、危機回避ができたこともあった」 「ふーん」  こげ茶の瞳がふいと逸らされた。 「……油断もスキもねぇな……」 「竜とリズィエのことは、時期が来るまで、絶対の秘匿(ひとく)だ」  ラシオンの独り言は聞こえないふりをして、ジーグは続ける。 「この隊も隊長は私が担い、リズィエは副長という立場に隠す」 「はぁ~ん。それであの格好か」  ラシオンが納得顔をしてうなずいた。 「お嬢は背が高いし、旅装束着てると体型もわからねぇ。襟巻(えりまき)してるから、声も男だか女だか区別がつかなかった。上手く化けてっけど、これからあのカッコ見るとトキメクなー!。中身が『お嬢』だって知ってると、むいてみたくなっちゃうね。その可愛い口で『ケツの穴』とか言っちゃうんだもんなぁ」 「本当にやったら斬るからな」 「へえ、を斬ってもらおっかなあ」 「ねえ、ミーシャ」  (そで)を引っ張られたアルテミシアの目が、レヴィアへと向けられる。 「竜仔の様子、見に行かなくていいの?」 「気になるのか?」 「うん」 「それなら、一緒に行こうか。……では、みんな、明日からよろしくな」  (きびす)を返したアルテミシアの隣に、いそいそとレヴィアが並んだ。 「ねえ、ミーシャ。今日、トカゲを見かけたよ」 「ほんとか?!どの辺りで?」 「あのね、前庭のね……」  わくわくと食いつくアルテミシアに、レヴィアが肩を寄せる。 「つかまえられそう?」 「すばしっこいから……」  睦まじげに会話を交わすふたりの声が、扉の向こうへと消えていった。 
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