王子の支柱‐3‐

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王子の支柱‐3‐

 ふたりを見送ったラシオンの首が、深く傾く。 「なあ、ジーグ。殿下は、俺に冷たくないですかね」 「お前が妙な冗談ばかり言うからだ。レヴィアは慣れていない。配慮してやってくれ」 「十五のお年ごろなのにぃ?」 「ずっと独りだった。そんな会話ができるような人間は、周りにいなかったからな」 「ああ、うん。……そっか」  聞かされたレヴィアの来し方を思い出せば、ラシオンはそれ以上、ふざけることはできなかった。 「子供がひとり背負うには、きつすぎるよな……」  ラシオンのつぶやきと、リズワンのため息が重なる。 「一緒に守ってやってくれるか。お前たちならば間違いない。レヴィアと、それから……」  ジーグは真摯(しんし)な懇願の瞳を三人に向けた。 「アルテミシアを」 「もちろんです」 「覚悟がなければ来ないさ」  スライが深く頭を下げ、リズワンが凛々しく微笑んだ。  しばらくの沈黙のあと。 「腹、決めたよ」  軽薄さを収めたラシオンは、まるで別人のような雰囲気を漂わせてる。 「俺は国を捨てた身だ。二度と誰かに仕える気なんてなかったけど、仕えるんじゃなくて守る、か。うん、悪くねぇ。この仕事、受けるぜ」  真顔になったラシオンが小さく何度かうなずき、ジーグは新たに仲間となった勇士たちに、深々と頭を下げた。 ◇  レヴィアとアルテミシアが温室の扉を開けた瞬間、クルゥクルゥとふたりを呼ぶように鳴く声が、暗闇の中に響く。    足元に角灯(かくとう)を置いたレヴィアがのぞくと、敷き藁の巣の中にいる竜仔は、すでにレヴィアの膝よりも大きくなっていた。 「わぁ。羽も、だいぶ抜け替わってきたね!」  指を差し出すと、レヴィアの竜仔が(くちばし)をしきりに(こす)りつけて甘える。 「ふふ。可愛いな」 「普通の(えさ)でここまで大きくなったか。この仔たちも、血餌(けつじ)は必要なさそうだな。それにしても……」  アルテミシアはレヴィアの竜仔の頬をなでながら、その体を見回した。 「レヴィの仔は青いな。……初めて見る。私の仔は」  アルテミシアは角灯(かくとう)を手に取って、二頭の竜仔を見比べた。 「ふむ。野生種なのに、瞳が緑がかっているディアムズが一羽いたとジーグが言っていたが……」  すでに初羽毛の下から正羽(せいう)が生え、アルテミシアの仔の羽はほとんど黒だが、一部、鮮やかな紅い羽が混ざっている。  対してレヴィアの仔の羽は、全体的に青みがかっていた。  そして、瞳はそれぞれ鮮緑(せんりょく)と黒。  二羽の(くちばし)を指先でつついて、アルテミシアは目を細める。 「野生種からサラマリス竜を育てた例は知らないが、興味深いことばかりだ。……さて、そろそろ名前を決めよう。レヴィの仔はどうする?」 「うん。この仔は青いから、水の神様の名前にする。スィーニって、どうかな」  角灯(かくとう)の小さな光の中で、レヴィアが物問い顔をしながらアルテミシアを振り返った。 「スィーニ。良い名前だ。水の神か。……レヴィ、火の神の名前は何ていうんだ?」 「火の神様はね、ロシュ」 「ロシュ。そうか……、ロシュ」 「クルルゥ」  アルテミシアが紅の羽を持つ竜仔に呼びかけると、応える甘え鳴きが返される。 「ふふっ、気に入ったか?レヴィ、この仔はロシュにする」 「いい名前、だね」  揺れるほのかな灯りに照らされるふたりは、それは楽しそうに笑い合った。
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