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王家の子供たち‐幽囚の王子１‐
トーラ王国の首都トゥクースは、国の最南に位置していて、美しい湖沼群に囲まれた「北の楽園」と称される街である。
その街の中心に位置しているトーラ王宮は、白を基調とした石造りの城であり、国民から敬愛を込めて「白樺城」と呼ばれていた。
手を入れずに残した森の中にある城の北棟は、静謐ではあるものの、午後の早い時間から陽射しが届かなくなってしまう。
そのため居室には利用されず、もっぱら書庫や備品庫などに利用されているのだが、一階の奥部屋だけは、例外であった。
湿気のこもる、人が寝起きするには適さない部屋だというのに。
窓際には寝台が置かれ、枕にもたれた青年が窓の外を眺めていた。
長く伸びた金髪は結ばれてはいるが、ろくな手入れもされていないのが、ありありとわかる。
日暮れが迫った薄暗い室内で、青年の姿は暗がりに溶け込んでいってしまいそうなほど、儚げだった。
日が落ちて、いよいよ暗くなっていく森が風にざわめいたとき。
コツン、コツン。
窓に当たった小石が、小さな音を立てたことに気づいた青年が、紺碧の瞳を笑ませて、体を起こした。
骨ばかりが目立つ手が窓を開けるのと同時に、黒ずくめの人物が、身軽に窓枠に飛び乗ってくる。
「お加減はいかがですか、クローヴァ殿下」
黒の軍服姿の男が、襟巻を取りながら笑った。
「うん。見張りがいなくなったあとは、ダヴィドの差し入れだけを、口にするようにしているよ」
「軍神クローヴァ」の名を持つにしてはやせて生気のない青年が、同年代とみられる軍服の男に微笑む。
「今日はずいぶんと遅かっ……げほっ……ぐふっ」
「殿下！」
ダヴィドは慌てて窓枠から降りると、咳き込むクローヴァの背中を擦った。
「……ありが、とう」
息を詰まらせながらも、笑みを絶やさないクローヴァから見上げられたダヴィドが、その額に浮かぶ脂汗をそっと拭う。
「お休みになられますか？」
臣下というよりは、友人のように近しい手つきで、ダヴィドはクローヴァの肩を支えた。
「いや、大丈夫だよ」
「ならば、今日はお会いしていただきたい客人がおりまして。入ってもらってもよろしいですか？」
「お客？……僕に？」
クローヴァの瞳に不審が浮かぶ。
王子の身分でありながら、誰とも親しく顔を合わせず、もう何年もこの部屋に臥せたままでいる。
「二十歳は超えない薄幸の殿下」
陰でそう呼ばれているのも知っているし、世話人と称する男たちの態度もひどいものだ。
「思いがけず三年も超えたな。しかし、もうそろそろだろう」
世話人たちが廊下で上げた、下卑た笑い声を聞いたのは、つい先日のことである。
二才前に母は亡くなり、母方の祖父や伯父たちにも不運が続いた。
母の出身家であるタウザー家は、王家レーンヴェストと姻戚関係にあり、代々王を支えてきた家系でもある。
そのため、タウザー家の凋落後、貴族たちの覇権争いが激化し、後ろ盾となる勢力を失ったクローヴァは内政混乱の象徴のように、軟禁生活を強いられているのだ。
現在ヴァーリ王を支えているのは、普段は王立軍に紛れている『影の側近』たち。
ダヴィドはその中でも五指に入るほどの実力者であり、クローヴァとは士官学校で机を並べた仲間でもあった。
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