王家の子供たち‐幽囚の王子2‐

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王家の子供たち‐幽囚の王子2‐

 安心させるようにうなずいたダヴィドは、足音を忍ばせて、部屋の扉に近づいていく。  そして、しばらく気配を探ったのち、扉を静かに細く開けると、右手の指先だけをわずかに外に出した。  ダヴィドが手を戻してほどなく、同じような黒の軍服を着た、壮年の男性が姿を現した。  続いて黒装束の、一目で大陸出身だとわかる大柄な男がするりと、音もなく室内へと入ってくる。 「ギード!久しぶりだね。元気だった?父上は息災?」 「はい。陛下はお変わりありません。愚息(ぐそく)はお役に立っておりますか?」  ギードと呼ばれた壮年の男は、隣に立ったダヴィドに向かって(こぶし)を繰り出した。 「失礼な。ちゃんと仕事はしてますよ」  ダヴィドは父親の(こぶし)を片手で受止めると、軽い仕草で払いのける。  ヴァーリからも信頼厚い、側近中の側近であるダウム親子を見比べながら、クローヴァは首を傾けた。 「そちらの方は?」  腰に見事な大剣(たいけん)()き、光を放つような金色の瞳をした男は、指をそろえて胸に当てる。 「ご拝顔の栄誉を賜り光栄にございます、クローヴァ殿下。私はレヴィア殿下直属隊隊長、ジーグ・フリーダと申します」 「レヴィア?!」  力なく枕に上半身を沈ませていたクローヴァが、跳ねるように体を起こした。 「あの子は、生きているの?!」    異国の姫と父との間に生まれた異母弟(おとうと)のことは、住んでいた離宮が焼打ちに遭ったと聞いたきり。  その後の消息を教えてくれる者は、誰もいなかった。  それから、もう十二年が過ぎようとしている。  かつて何度も訪れた離宮で、褐色の肌の美しい義母(はは)の腕の中で笑っていた、小さな弟。  「兄様」と言えずに「にーま」と呼んでくれた、可愛らしい声もよく覚えている。 「はい。あと十日の内には、トゥクースにご到着される予定です。クローヴァ殿下のお部屋も離宮に用意させましたので、今からそちらに移りましょう。陛下のご許可はいただいております」 「いや、でも……」  クローヴァの表情が硬くなっていく。    自分の立場は(わきま)えている。  軟禁を解こうする父王の画策も、反対勢力の重臣たちによって(はば)まれてきたのだ。  自分がここから出るなどしたら、どんな難癖が王に突きつけられることか。    だが、ジーグと名乗った剣士の表情は自信に満ちていた。 「お任せください。邪魔をする者がいたら()ぎ払えと、我が(あるじ)も申しております」 「我が(あるじ)?レヴィアはそんなことを言うの?」  可愛らしかった弟は、どのように成長しているというのだろうか。  クローヴァの青白い顔が、不安にこわばる。 「いえ、私にはもうひとり、別の(あるじ)がおりまして……。離宮で一緒にご紹介いたします。さあ、参りましょう」  ジーグは寝台に近づくとクローヴァを毛布に包み、まるで幼子のように楽々と抱き上げた。 「おやおや、深窓(しんそう)の姫は軽くていらっしゃる。……多少乱暴にいたしますが、しばらくのご辛抱を」  大柄な剣士が、クローヴァを(かか)えたまま身軽に窓から飛び降りると、そのすぐ後ろからダウム親子も続く。    夜の(とばり)が下り始めた王宮の森を、男たちの影が駆け抜けていった。
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