王家の子供たち‐外れ者の姫1‐

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王家の子供たち‐外れ者の姫1‐

 トゥクース王宮南棟には、どの窓からも明るい庭園を望める、通称「花園」と呼ばれる部屋がある。    その部屋の扉の前で、可愛らしい給仕服に身を包んだ女性がふたり。  顔を見合わせ、物憂(ものう)げにたたずんでいる。 「行きたくないわ」 「私もよ」  お茶とお菓子を乗せた盆を持つふたりは、そろってため息をつくと、扉に向き直った。  そのうちのひとりが、意を決して扉を叩く。 「遅いっ!」  刺々(とげとげ)しい声での入室の許可だったが、給仕は顔色も変えずに扉を開けた。 「いつまで待たせるのっ」  しずしずと部屋に入ってきた給仕ふたりを、榛色(はしばみいろ)の瞳がきつくにらみつけている。 「申し訳ございません」  手際よく、舶来(はくらい)の円卓にお茶の用意を始めた給仕たちに、大袈裟なため息が届いた。 「お願いしてからの時間を考えれば」  (ぜい)を尽くした山吹(やまぶき)色の宮廷服に身を包んだ少女が、花模様の茶器たちを冷たく眺める。 「きっと、世界の果てまで茶葉を買いに行ってくれたのね。それはどうもありがとう。でも、もういただく気分ではなくなってしまったわ」  美しく結った胡桃色(くるみいろ)の髪が揺れるほどの勢いで、その顔が(そむ)けられた。 「出かけるわ。馬車の用意を」 「(かしこ)まりました。どちらへ」  慣れた様子で茶道具を片付けながら、給仕のひとりが尋ねる。 「離宮へ。お父様が、そちらにいらっしゃるそうだから」  ふたりの給仕は思わず手を止め、不満を露わにしている横顔を見つめた。    離宮は首都では知らない者がいない、不幸な騒乱があった(いわ)くつきの建物だ。修繕がなされてからも利用されることなく、捨て置かれている状態である。  そんな建物に、国王が何の用事で訪れているのか。 「と、先ほどカーフが言って寄越したのよ。弟が来るのですって」 「はぁっ?!」 「弟君?でも、メテラ姫……」  作法を忘れた大声を責めることもなく、王家の姫はその瞳を不機嫌に細め、庭園を見るともなく眺めている。 「死んではいなかったのですって。……カーフは、ずっと知っていたんだわ」  全身で憤懣(ふんまん)を表しているメテラの背後で、給仕ふたりはゴクリと唾を飲み込んだ。 ◇ (本当に不運だわ!)  離宮へと向かう馬車のなかで、メテラの怒りは最高潮に達している。  門番から主要道が使えないと聞いた御者は、メテラの許可を得てから、山際(やまぎわ)の道を使って離宮へと向かった。  だが、途中で車輪が突然外れ、鬱蒼(うっそう)とした森の中で、立ち往生を余儀なくされている。  急に用意をさせたためか、もしくは、どうせ『(はず)れ者の姫』が乗るのだからと、程度の悪い馬車をあてがわれたのか。 「どうした。手伝おうか?」  外から聞こえてきたくぐもった声に、物思いに沈んでいたメテラの目が上がる。  窓から見下ろせば、旅装束(たびしょうぞく)を頭からかぶった人物と、今流行りの服を着た青年が、御者に手を貸していた。 「ありがとうございます!本当に助かりま……」 「何をしているのっ?」  御者の礼が、メテラの荒い声にかき消される。 「下賤(げせん)の者が触らないで!」 「誰が触ったところで、腐るものでもないだろう。早く直さないと日が暮れるぞ」  しゃがんでいた旅装束(たびしょうぞく)姿の人物が、透けるように美しい緑の瞳で、メテラを見上げた。 「お前に関係ない!とにかく触らないで。トカゲみたいな目をして、気持ちの悪い」 「おやおや、ここでもトカゲか。……まだ見たことないんだよなぁ。レヴィに頼んでるのに」  独り言をつぶやきながら修理を手伝うその隣では、御者が汗だくで車軸と格闘している。 「そんなにおっしゃるなら、手は出しませんけどね。この道を行くとは、離宮にご用で?メテラ姫」  洒落(しゃれ)者の青年が勢いをつけて立ち上がり、薄く笑いながら馬車を振り仰いだ。    市民の前に顔を出す機会は、これまであまりなかったのだが。  どうやら、自分が誰だかを知られていると気づいたメテラは、慌てて首を引っ込めた。
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