106人が本棚に入れています
本棚に追加
王家の子供たち‐外れ者の姫2‐
邪険な態度は王家の評判にも関わるし、何より、カーフの耳にでも入れば、嫌味を言われるだけでは済まないだろう。
(私を知る者に会うなんて……。カーフがトゥクースに戻ってきている、こんなときに)
感情が宿ることのない鉛色の細い目を、さらに細めて意見してくるカーフを思い出すと、メテラの喉は、柔らかな布で絞められるように苦しくなる。
母の生家だというアッスグレン家の家令でもあり、メテラの教育係として王宮に寄こされているカーフだが、ここ何年かは、別のお役目があるといって首都を離れていた。
それでもメテラの様子は逐一報告されているようで、不始末があったと思われるたびに、王宮に戻ってくる。
メテラには身に覚えがないことも多かったのだけれど、抗議など聞いてもらえた試しはない。
そして、彼から与えられるきつい仕置きは屈辱的であったが、それよりも心を抉られたのは、使用人たちがそれを目にしても止めないどころか、薄笑いを浮かべながら、遠巻きにして眺めていることだった。
「お前たちには関わりのない話です」
「陛下の馬車なら、先ほど王宮へお戻りだがな」
視線を戻さないままのメテラに、冷たい声が応える。
遠くからの声を不審に思ったメテラが首を回すと、馬車から少し離れて、木にもたれながら腕組みをしている、東国人の女性と目が合った。
「放っておけばいい。ジグワルドの教育の賜物か?お前たちは、本当に世話焼きだな」
「馬が可哀想じゃないか。……ほら、はまった、ぞ!」
御者と握手を交わしている旅装束は無視をして、メテラは東国人の女性をにらみつける。
「陛下の馬車とはすれ違わなかったわ。いい加減なことを」
「この国の姫は愚かなことだ」
切れ長の目が、冷ややかにそらされた。
「半刻ほど前から、街道が通れるようになっている。生憎だったな」
「お、愚か?!不敬なことを!首を刎ねるわよ!」
「首を刎ねる?誰が。お前が?」
目を戻した女性の低い声とその迫力に、メテラはたじろいで口を閉じる。
「応急的な修理だから、長くは走れない。もうお帰り。驚いたろう、怖かったか?」
メテラのことなどまったく眼中にない様子で、旅装束は労わるように馬の鼻面を軽く叩いた。
「日暮れが迫っております。メテラ様、今日は王宮へ戻りましょう」
「……早く出して」
おどおどと提案する御者に、不機嫌な様子でメテラは命令を下す。
そして、御者は旅装束たちに軽く頭を下げると、馬車を走らせていった。
「豊穣の女神の名が泣くな。メテラ、か。……それにしても、母親似なんだろうか?」
「ツンケン姫のことか」
やっと近寄ってきたリズワンが、つぶやくラシオンの目線を追って、去っていく馬車へと視線を投げる。
「そ。うちの殿下は、あれでヴァーリ王を彷彿とさせるところもあるだろ?ほら、あのときさ」
「何の話だ?」
襟巻を下げながら、アルテミシアがラシオンを振り返った。
「ヴァイノが、余計な奴らを連れて来ちまったことがあったじゃねぇか。一緒に住み始めたころさ」
「……ああ、あったな」
リズワンが片頬でうっすらと笑う。
ラシオンが口にしたのは、ジーグが愚連隊に仕事を教え始めて、そう日もたたないうちに起こった騒動であった。
最初のコメントを投稿しよう!