106人が本棚に入れています
本棚に追加
トレキバ騒動‐発端1‐
愚連隊が担う仕事として、ジーグは『街への買い出し』を選んだ。
当初、市場の商店主たちのなかには、素行の悪かった愚連隊に対して、不信を露わにするものも多かったのだが。
「おい!今日はいい魚が入ったぞ。安くしとくから、寄ってきな!」
「お花が余ったの。お部屋に飾って」
ジーグたちとまじめに仕事をする姿を見せ続けていくなかで、親しく声をかけてくれる店が一件、また一件と増えていった。
そんな、ある日のこと。
初めて自分たちだけで使いに出されたヴァイノは、浮かれ気分そのままの足取りで歩いていた。
「ヴァイノ、今日は余計な口をはさまないでね」
アスタがじっとりとヴァイノをにらむ。
「なんで?オレってば人気者じゃん」
「からかわれてるだけだから。ガーティがふざけたのに、そのまま払おうとするし」
「そ、そんなの、わかってたし。わざとだし」
冗談で吹っ掛けられた金額を、そのまま払いそうになったことを指摘されて、ヴァイノはプぃっとふくれた。
「ガーティさん、すっごい、笑ってた、ね」
「なー。フロラはわかってんな!」
のんきなフロラとヴァイノに、アスタはため息をつく。
「とにかく。お仕事なんだから、まじめにね」
「わぁってるよ」
だが、ふたりに注意を与えるアスタでさえ、気づくことができなかった。
ガラの悪い三人の男たちが、物陰からじっと見ていることに。
すべての買い物が済んだあと、果物を扱う店先でヴァイノは足を止めた。
「なあ、ほら、ふくちょがさ、これ好きじゃん!買おうぜ!」
「芒果?頼まれてないでしょう。ついでに買うには高すぎる。勝手したらダメだよ」
アスタはヴァイノが指さした先をちらりと見るだけで足を止めようともしなかったが、フロラはその隣に並び、橙色から黄色の濃淡も美しい果物を眺めて、ふんわりと笑った。
「こないだ、おいしかったね」
フロラの笑顔を見たヴァイノの鼻の穴がふくらむ。
「よし、買おうぜ!金あるしさ。世話になってるふくちょにお土産な!おやじさん、それ買から包んで!……違う、その隣の大きいの。うん、それ。え?金?大丈夫だよ」
金額が張ることを店主は念押しするが、ヴァイノは財布を見せびらかしながら得意気に笑った。
「お土産って……。ジーグさんから預かってるお金でしょうっ!あ、ヴァイノったら!」
止める間もなく支払いを済ませたヴァイノに、アスタの目が三角になる。
「あのガキども、金持ってんだな」
「貴族の使用人か?」
隣の雑貨屋で品定めをする振りをしている男たちが、声を潜めて囁き合った。
「……ほら、カモが行っちまうぞ」
男のひとりが、仲間たちに目配せをする。
「おっと、獲物を逃がす手はねぇよな」
買い出し品を両手に抱え、のんきに陽気にしゃべりながら歩く少年たちの後ろを、不穏な男たちがつけ始めた。
少年たちが向かう先に見えてきた屋敷が目に入ったとたん、縦にも横にも大きい巨漢が口笛を吹く。
「すげぇな」
「田舎街も、バカにしたもんでもねぇなぁ」
やせたやぶにらみの男が、にんまりと下品に嗤う。
「おい、門の中入っちまうぜっ!」
筋肉質の男が慌てて走り出した。
門を押し開けていた腕をいきなりつかまれ、ヴァイノは驚いて振り返った。
「えっ?」
「よーぅ。ずいぶんと景気のいい買物してたじゃねぇか。ちょっとでいいから、おじさんたちにも分けてくんねぇかなぁ」
やぶにらみの男がにやにや笑いながら、ヴァイノの懐に手を伸ばしてくる。
「きゃあっ!」
「やっ!なに?!離してっ!」
それぞれ別の男たちに羽交い締めにされたアスタとフロラの足元に、買った荷物が散乱した。
「おいっ!ヤメロってっ!」
「じゃあ、金だよ、金よこせっ!」
怒鳴るヴァイノを押さえつけた男の指が財布に触れ、抜き出そうとした瞬間。
ヴァイノは体を捻って男の腕から抜け出すと、足元の石を拾い素早く男に投げつけた。
「ぐっ、いてっ、……このヤロウ!!」
眉間から、たらりと血を流した男が腰の剣を抜き払う。
「おとなしく渡しゃあ命まで取らなかったものをっ!小僧!動くなよっ!動いたら、娘っこをまずヤるからなっ!」
フロラたちを見て足を止めたヴァイノに、陽をギラリと反射させた剣が振り下ろされた。
最初のコメントを投稿しよう!