106人が本棚に入れています
本棚に追加
トレキバ騒動‐発端2‐
ドガッ!
「えっ?!」
ヴァイノの目の前で、斬りかかってきていたはずの男の体が、横にすっ飛んでいく。
「ふくちょっ……!」
男の横腹を蹴り飛ばした旅装束は止まることなく、地面に転がる男を追っていった。
「早く門の中にっ!」
襟巻の奥から鋭い声が飛ぶ。
「でも、フロラたちが……、あっ!」
見るといつの間にか、レヴィアとラシオンが、男たちと剣を交えていた。
「アスタっ、フロラを連れていけっ!」
賊の手から奪い返したアスタに、ラシオンが短く怒鳴る。
「こぉんちくしょぉっ!死ねやぁぁぁっ!」
フロラを奪われた巨漢が、レヴィアに剣を振り上げた。
「きゃー!いやーっ!いやぁー!」
耳を押えてしゃがみ込んでしまったフロラを何とか立たせようと、アスタはその両脇に腕を入れ引っ張るが、びくともしない。
「やー!!」
「フロラっ!」
巨漢の刃を両手剣で受けながら、レヴィアも励ますように呼びかけるが、小さく固まってしまったフロラは、がたがたと震えるばかりだ。
「アスタっ、お前だけでも逃げろっ!」
続けざまに斬りつけてくる筋肉質の男の剣をいなしながら、ラシオンがさらに怒鳴る。
「でもっ」
「早く行けっ!」
フロラとラシオンを交互に見たあと、アスタは唇を噛みながらも、門に向かって走り始めた。
「お前も行けっ!」
旅装束が重ねてヴァイノに命じる。
「だって、」
「くっそーっ!ふざけやがってっ!」
やぶにらみ男が起き上がったかと思うと、剣を手に向かってきた。
旅装束は素早い身のこなしで刃をかいくぐりながら、すきだらけの下腹に膝をめり込ませる。
「ぐはぁっ」
「フロラは助ける!必ずだ!」
腹を手で押さえて膝をついた男の襟首をつかみ上げ、旅装束がその横っ面に二、三発、重い拳を叩き込んだ。
「ぐふ、ぐはっ!……かはっ」
男の頭が揺れ、がくりと首が折れる。
「いやああああああ!」
耳をつんざくような、フロラの悲鳴だった。
ヴァイノと旅装束が同時に顔を向けると、巨漢の剣に肩を切り裂かれたレヴィアの血雫が飛び散り、フロラの頬を汚している。
「レヴィっ!」
意識のない男を投げ捨て、弾かれたように旅装束が走りだした。
レヴィアに向かって、さらに巨漢が剣を振り上げる。
「死ねぇっ!」
ガキンっ!
重く、鋭い金属音が辺りに響いた。
走り込んできた旅装束の短剣が、巨漢の剣を受け止め、払いのける。
「ちっ」
一歩下がった巨漢は、あろうことか、縮こまる少女に向かって剣を振り下ろした。
「っ!」
だが、恐怖に目を見開いたフロラが息を飲み込んだ、次の瞬間。
巨漢の動きがピタリと止まったかと思うと、太い指先から剣が滑り落ちて、その体が木偶のように崩れていく。
「あ、ああ……」
フロラの目の前でバタリと倒れた巨体の下から、赤い液体が流れ広がっていった。
「もう大丈夫だ。怪我はないか?」
巨体の陰から姿を現した旅装束が、フロラに手を差し伸べる。
「やだっ!いやだぁああああああ!人殺しっ!人殺しだっ!」
だが、その手はフロラによって、音が出るほど激しく打ち払われてしまった。
「さわんないでっ!やだやだ!」
「フロラっ!」
走り寄ってきたヴァイノが、両手でフロラを包み込むようにして抱きしめる。
「大丈夫だから。な?大丈夫、もう大丈夫。……怖かったな」
「あの、大丈夫?」
レヴィアから声をかけられて、寄り添うヴァイノとフロラを見下ろしていた旅装束が、我に返った。
そして、無言で懐から晒を取り出すと、手早くレヴィアの肩の止血を始める。
「あの、ミ……」
声をかけようとして、何を言えばよいのかがわからなかったレヴィアは、そのまま口を閉じるしかなかった。
旅装束はレヴィアの応急処置を終えると、ぴくりとも動かないやぶにらみの男に素早く縄をかけ、そのまま仲間を振り返ることもなく、無言でその場を立ち去っていった。
最初のコメントを投稿しよう!