106人が本棚に入れています
本棚に追加
トレキバ騒動‐ラシオン‐
レヴィアが部屋を出ていった直後、リズワンがラシオンを横目で眺め、口を開いた。
「らしくないな。戦闘を目にした市民が動揺することなど、よくあるだろう」
「ああ、うん。……乱暴な物言いして悪かったよ。ごめんな、ヴァイノ、フロラ」
いつもの軽さを取り戻したラシオンの謝罪に、ヴァイノとフロラはそろって首を横に振った。
「昔さ、同じようなことがあってさー」
ラシオンの視線が遠くなる。
「俺がスバクルの兵士だったころだから、二年くらい前か。東の隣国イハウが攻め込んできたとき、俺たちの部隊が、国境奪還に駆り出されたんだ」
ラシオンから小さなため息が吐き出された。
「国境沿いの村は、ほとんど焼かれてて、殺されてて。イハウ軍との戦闘で、こっちもかなりの痛手を負ったけど、なんとか国境線を取り戻してさ。焼け残った家に隠れていた親子を助け出そうとしたら、母親に言われたんだよ。『人殺しの手は借りない。イハウもスバクルも同じだ!』ってね。まぁ、辺境の小さい村だからな。徴用言い訳に、強奪に近いこと、されてきたのかもしれねぇな」
少年たちは言葉もなく、ラシオンの話に聞き入っている。
「散々な思いをして戻ってみれば、中枢では主導権争いが勃発しててよ。それに敗れた一族の軍には、大層な非難が待っていた。国境村の焼打ちは、俺たちが勝手にやったことになっていたんだ。『必要のない虐殺を同胞に行った、民意に反した逆賊』だってさ。石まで投げられたんだぜ。……何のために命を懸けたんだ、仲間は死んでいったんだって思ったね。仕えるなんて、まったくバカバカしいって」
ラシオンはがりっと親指の爪を噛んだ。
「もーいいや。俺は自分のためだけに生きよう。その日が楽しけりゃいい。そう思って、国を捨てたんだよ」
「ラシオン殿は」
皆にお茶を持ってきたスライが、まずラシオンの前の卓に茶碗を置いた。
「カーヤイ家のご出身ですね」
「え、何で?」
ラシオンは驚いてスライを見る。
スライは自分の後ろ頭、ラシオンが髪飾りを挿している辺りを指で示した。
「瑠璃玉に刻印された、『三日月に梟』。先の政争で敗れたスバクルの名家、カーヤイ家の紋章でしょう」
「へー。アガラム大公姫付き従者は、スバクルの家柄にも詳しいのか。そ。でも、端っくれの分家だぜ。だから、真っ先に紛争地帯に行かされて、真っ先に捨てられたってわけよ」
ラシオンは片頬で短く笑う。
「それは女物だな」
「ああ、姉のなんだ」
リズワンの指摘に、ラシオンは髪飾りを外して目の前にかざした。
「政略結婚で嫁いだばっかだった。それなりに仲良くやってると思ってたんだけど、政変のときに、追い出されちまったんだとさ。没落した実家になんて戻れやしねぇし、もともと体は強いほうじゃなかった。逃げ落ちた先の、田舎の安宿で死んだんだよ」
深紅の瑠璃玉の横で、金鎖が儚げに揺れる髪飾りを、ラシオンがぎゅっと握りしめる。
「俺が探し当てたときには、もう村外れに埋葬されてた。めぼしい持ち物は、ためた宿代の形に売られて、追放家の家紋が入った、これだけが残ってた。それでも足りなかったって、宿の女将が恨み言、言うからさ。この髪飾りの代金に、有り金をはたいてやったんだ」
「……そうか」
哀悼を感じさせるジーグの相槌に、ラシオンは寂しげな笑顔を見せた。
「権力争いに巻き込まれて、女や子供が苦労するなんて、よくある話だよ。目新しくもない悲劇だ。ただ、その波に沈んだのが、たったひとりの姉だったってだけ」
束ねた狐色の髪に、髪飾りが戻される。
「責めるみたいな真似して悪かったな。あのころ、俺もさっきの副長と、同じ目をしてたんだろうなって思ってよ」
ゆっくりと姿勢を正しながら、ラシオンは長い長いため息をついた。
最初のコメントを投稿しよう!