トレキバ騒動‐ラシオン‐

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トレキバ騒動‐ラシオン‐

 レヴィアが部屋を出ていった直後、リズワンがラシオンを横目で眺め、口を開いた。 「らしくないな。戦闘を目にした市民が動揺することなど、よくあるだろう」 「ああ、うん。……乱暴な物言いして悪かったよ。ごめんな、ヴァイノ、フロラ」  いつもの軽さを取り戻したラシオンの謝罪に、ヴァイノとフロラはそろって首を横に振った。 「昔さ、同じようなことがあってさー」  ラシオンの視線が遠くなる。 「俺がスバクルの兵士だったころだから、二年くらい前か。東の隣国イハウが攻め込んできたとき、俺たちの部隊が、国境奪還に駆り出されたんだ」  ラシオンから小さなため息が吐き出された。 「国境沿いの村は、ほとんど焼かれてて、殺されてて。イハウ軍との戦闘で、こっちもかなりの痛手を負ったけど、なんとか国境線を取り戻してさ。焼け残った家に隠れていた親子を助け出そうとしたら、母親に言われたんだよ。『人殺しの手は借りない。イハウもスバクルも同じだ!』ってね。まぁ、辺境(へんきょう)の小さい村だからな。徴用(ちょうよう)言い訳に、強奪(ごうだつ)に近いこと、されてきたのかもしれねぇな」  少年たちは言葉もなく、ラシオンの話に聞き入っている。 「散々な思いをして戻ってみれば、中枢では主導権争いが勃発しててよ。それに敗れた一族の軍には、大層な非難が待っていた。国境村の焼打ちは、俺たちが勝手にやったことになっていたんだ。『必要のない虐殺を同胞に行った、民意に反した逆賊』だってさ。石まで投げられたんだぜ。……何のために命を懸けたんだ、仲間は死んでいったんだって思ったね。仕えるなんて、まったくバカバカしいって」  ラシオンはがりっと親指の爪を()んだ。 「もーいいや。俺は自分のためだけに生きよう。その日が楽しけりゃいい。そう思って、国を捨てたんだよ」 「ラシオン殿は」  皆にお茶を持ってきたスライが、まずラシオンの前の卓に茶碗を置いた。 「カーヤイ家のご出身ですね」 「え、何で?」  ラシオンは驚いてスライを見る。  スライは自分の後ろ頭、ラシオンが髪飾りを()している辺りを指で示した。 「瑠璃(るり)玉に刻印(こくいん)された、『三日月に(ふくろう)』。先の政争で敗れたスバクルの名家、カーヤイ家の紋章でしょう」 「へー。アガラム大公姫付き従者は、スバクルの家柄にも詳しいのか。そ。でも、端っくれの分家だぜ。だから、真っ先に紛争地帯に行かされて、真っ先に捨てられたってわけよ」  ラシオンは片頬で短く笑う。 「それは女物(おんなもの)だな」 「ああ、姉のなんだ」  リズワンの指摘に、ラシオンは髪飾りを外して目の前にかざした。 「政略結婚で嫁いだばっかだった。それなりに仲良くやってると思ってたんだけど、政変のときに、追い出されちまったんだとさ。没落した実家になんて戻れやしねぇし、もともと体は強いほうじゃなかった。逃げ落ちた先の、田舎の安宿(やすやど)で死んだんだよ」  深紅の瑠璃(るり)玉の横で、金鎖(きんさ)(はかな)げに揺れる髪飾りを、ラシオンがぎゅっと握りしめる。 「俺が探し当てたときには、もう村外れに埋葬されてた。めぼしい持ち物は、ためた宿代の(かた)に売られて、追放家の家紋が入った、これだけが残ってた。それでも足りなかったって、宿の女将(おかみ)が恨み言、言うからさ。この髪飾りの代金に、有り金をはたいてやったんだ」 「……そうか」  哀悼を感じさせるジーグの相槌(あいづち)に、ラシオンは寂しげな笑顔を見せた。 「権力争いに巻き込まれて、女や子供が苦労するなんて、よくある話だよ。目新しくもない悲劇だ。ただ、その波に沈んだのが、たったひとりの姉だったってだけ」  束ねた狐色の髪に、髪飾りが戻される。 「責めるみたいな真似(まね)して悪かったな。あのころ、俺もさっきの副長と、同じ目をしてたんだろうなって思ってよ」  ゆっくりと姿勢を正しながら、ラシオンは長い長いため息をついた。
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