106人が本棚に入れています
本棚に追加
寄り添う想い‐2‐
「起こしてくれるって言ったじゃないか!」
「……ごめん……」
小走りで急ぐアルテミシアの背中を、レヴィアは必死で追いかけている。
日向でアルテミシアを抱えているうちに、レヴィアもうっかり寝込んでしまったのだ。
日暮れ間近の山道を、ふたりは速度を落とさずに足を進める。
「ジーグが怒ってるな」
「……うん」
「ふたりともお説教だな」
「……うん」
やっと歩調を緩めたアルテミシアをちらりと横目で確認すると、いたずらそうで柔らかな笑みがレヴィアに返された。
だが、案の定。
急いでロシュとスィーニに餌を与えてから戻ると、ジーグが腕を組んで待ち構えていた。
「ヴァイノとフロラも心配していました。ヴァイノなどは、『自分のせいで副長が出て行ったらどうしよう』と涙ぐんでいましたよ」
「おやおや」
お説教が何ひとつ効いていない主に、ジーグは深いため息をつく。
「……どちらへいらしていたんですか」
「ちょっと、頭を冷やしに」
「レヴィアはどうした。お前らしくもない」
珍しく険しい目をジーグから向けられ、レヴィアの視線がおろおろと揺れ動いた。
「えっと、一緒に、お昼寝、しちゃって……」
「昼寝?」
ジーグの眉間に深い溝が刻まれる。
「レヴィは悪くない。いろんな場所を探してくれたんだ。疲れもする」
「では、悪いのはリズィエですね」
「そうだな、私が未熟だった。巻き込んで悪かったな、レヴィ」
渋面を作るジーグを前にして、ペロリと舌を出してふざけるアルテミシアはイタズラ子猫のようで、レヴィアは思わず吹き出してしまった。
「ミーシャは悪くない、よ」
「あの……、副長は、ミーシャというお名前ですか?」
かつての使用人休憩室の片隅で、アスタはリズワンの耳に口を寄せて囁く。
しばらく行動をともにするようにと、リズワンから申し付けられたアスタが休憩室に連れてこられたところに、旅装束を脱いだアルテミシアが戻ってきたのだ。
「どう、して?」
レヴィアがさっとその背にアルテミシアを隠す。
「私が連れてきたんだ。実はな……」
全身の針を逆立てたハリネズミのようになっているレヴィアに、リズワンが経緯を説明する。
「そう、なんだ」
話を聞くうちに、レヴィアの針は収められていったが、向けられた冷たい警戒は、強烈な印象をアスタに刻みつけた。
「本名は違う。レヴィア坊がディアムド語を苦手としていたときに、トーラ訛りでああなったらしい。少しディアムド語を習っておけよ。でないと、お嬢が本名を明かしたときに坊と同じになるから、すねるぞ」
「すねる?……どなたがですか?」
怪訝そうな淡墨色の瞳が、リズワンを見上げる。
「坊が」
「……え?」
アスタの首が、かなりの角度で傾いた。
アスタが知る限り、レヴィアは感情の起伏が激しい人間ではない。
ヴァイノがどんなに無礼な態度をとっても、いつも穏やかに笑っているだけだ。
「すねる」など想像がつかない。
しかし……。
「とにかく、あまり所在不明になるのはおやめ下さい」
「はいはい」
「はい」
諦めを帯びたジーグの説教の締めに、アルテミシアとレヴィアの返事がそろった。
ジーグが大きなため息を吐き出し、行方知れずになっていたふたりは、また顔を見合わせて笑っている。
(殿下は、こんなにも表情豊かな方なんだわ。それに副長も……)
なるほど。
これはラシオンもレヴィアもかばうはずだ。
屈託なく笑っている素のアルテミシアは、自分と何も変わらない、ひとりの少女でしかない。
(このおふたりが、剣を取って私たちを守って下さった)
「副長」
アスタがリズワンの横から一歩進み出た。
「先ほどは、本当にありがとうございました。二度と皆さんの足手まといにならないように、頑張ります。あの、私のような者が弓兵になりたいなどと、身の程知らずだとは思いますが……」
不安そうに、だが、直向に訴えるアスタに、アルテミシアは花のような笑顔を贈る。
「身の程知らず、などと言うな。自分の命の価値は自分で決めればいい」
淡墨の瞳を銀色に輝かせたアスタにもう一度微笑んで、アルテミシアがレヴィアをのぞき込んだ。
「アスタは私の妹弟子になるんだな!じゃあ、姉妹の契りでも交わそう。レヴィ、果実酒を作っていただろう?おススメはどれ?」
「えー、俺もお嬢と兄妹の契り交わしてぇな。あ、駄目か!」
ラシオンが大げさな態度で、嘆くふりをする。
「兄妹になったら、恋人にはなれねぇもんな!」
「……キイチゴの果実酒がある、けど」
「へえ、そりゃ美味そうだ。契りは交わさねぇけど、俺にもくれよ」
「……あげない。絶対に」
「え!何でだよ?!」
不機嫌に顔を背けたレヴィアの横顔を、ラシオンは唖然とするばかりだった。
最初のコメントを投稿しよう!