寄り添う想い‐3‐

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寄り添う想い‐3‐

 朝も早いうちから、ヴァイノは落ち着きなく庭を歩き回っていた。 「ヴァイノ」 「ふ、ふ、ふくちょっ!え、いつ?いつ帰ってきたの?」  文字通り飛び上がりながら、ヴァイノが振り返る。 「昨日、遅くにな」 「んだよ~、オレ、すっげぇ心配したっ」  泣きべそをかきながら、ヴァイノは旅装束(たびしょうぞく)の袖をつかんだ。 「らしいな。すまなかった」 「オレ、ごめんって言いたかったのにさぁ」 「そうか」 「オレ、考えなしで、ほんとに」 「わかったよ」  銀髪の頭に、アルテミシアの手が乗せられる。 「オレさ、ほんとに悪かったって」 「しつこいぞっ!」  さらにまとわりついてくるヴァイノに、とうとうアルテミシアがキレた。 「いってぇっ!」  結構な勢いの拳骨を食らったヴァイノが、頭を(かか)えてしゃがみ込む。 「お前の気持ちは受け取った。これ以降は言葉ではなく、行動で示せ」 「うぅ~、はい……」  ヴァイノの腕をつかんで立ち上がらせると、アルテミシアはその銀髪頭をぽんぽんとなでた。 「そういえば、お前に似た子犬を飼っていたことがあるぞ。いくら教えても、『待て』ができなくてな」 「えぇ~、そんなぁ」  眉毛を八の字にして見上げる姿は、ますます子犬に似ている。 「でも、足は速かったし、何より勇敢だった。ヴァイノも負けるなよ」 「はい!!」  比べられたのは子犬ではあるが。  気づかないヴァイノは、アルテミシアが吹き出すほどの元気よく返事をした。 ◇ 「あのときは、ちょっとした騒ぎだったな」  潤んだ瑠璃(るり)色の瞳と下がった銀色の眉を思い出しながら、アルテミシアはくすくすと笑う。 「まったくな。それにしても、ほんとにレヴィアは陛下に似てたんだぜ。でも、あのツンケン姫は……」 「さて、早く戻らないと日が暮れる。陛下が、離宮でお待ちだぞ」  しきりに首をひねるラシオンとは逆に、トーラの姫君にはまったく興味がないリズワンが、すげなく(きびす)を返した。 「お戻りの影武者陛下が、すぐにまた王宮から姿を消したと知ったら、姫様はどうするだろうねぇ」  ラシオンはおかしそうに肩を揺らし、先を行くリズワンが足を止めて振り返る。 「第一王子のも、そろそろ各方面に知れ渡るころだろう」 「そして、離宮に行こうとする馬車は車輪が外れる。陛下の側近は優秀だな!」  アルテミシアの言葉に三人は顔を見合わせると、同時にニヤリと笑い合った。  その夜。  ひざまずくアルテミシアとジーグを前に、レヴィアは離宮客間に座るヴァーリの隣に立っていた。  レヴィアも最初は当然のように、ふたりと一緒に膝をつこうとしたのだが。  懐かしい園丁、ギード・ダウムに襟首(えりくび)をつかまれ、ヴァーリの隣に連れていかれたのだ。    そのギードはヴァーリの少し後ろで、影のようにたたずんでいる。 「どうか顏を上げてほしい。クローヴァの件も含め、心から礼を言う」  国王が騎士ふたりを(ねぎら)った。 「お礼申し上げるのは私共(わたくしども)です。急な願いにも関わらず、竜舎までご建造いただきました。そのご厚情には、どれほど感謝してもしきれません」  ジーグの言葉に、ヴァーリは軽い笑みを見せる。 「何を言う。宝を山のように(かか)えて訪れてくれた友人に対し、誠意を尽くさずにいられようか。さて」  ヴァーリはふたりを立たせてから椅子(いす)を勧めるが、アルテミシアは小さく首を振る。 「こちらからの願い事があって、ここにおりますので」 「レヴィアから聞いている」  ヴァーリはギードから革製の綴帳(つづりちょう)を受け取ると、アルテミシアに手渡した。  トーラ国民の権利を約した書類が、フリーダ隊全員分入っているのを確認したアルテミシアは、深く頭を下げる。 「それと、貴女(あなた)の新しい名だな」 「はい」 「しかし、本当にサラマリスを捨ててよいのか。ディアムド帝国でサラマリスといえば、赤竜一族の領袖(りょうしゅう)家。帝国では首座(しゅざ)貴族であろう」  ”サラマリス”の名を耳にしたギードが、意表を突かれたような目をアルテミシアに向けるが、その鮮緑(せんりょく)の瞳に迷いはない。 「お聞き及びかと存じますが、我がサラマリス家は殲滅(せんめつ)され、私は帝国を出ざるを得ませんでした。そして、トレキバにて、レヴィア殿下のご慈悲をいただきました。……レヴィは独りぼっちで、人の手を怖がっていたのに……」  瞳を陰らせたヴァーリの背後で、ギードがギリリと唇を噛みしめていた。
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