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寄り添う想い‐4‐
父王と元園丁ギードの隣で。
レヴィアはひとり逃げていた、他人の手が怖かった『あのころ』を遠く思い出していた。
使用人たちから向けられた蔑みの視線、侮辱の言葉。
何もわからず、もしくは些細な理由で受けた折檻。
「私の手を恐れなくなってから」
ぼんやりと思い出に浸っていたレヴィアは、はっとしてアルテミシアに目を戻す。
「これ以上、殿下に痛い思いはさせないと心に誓いました。殿下が受けるべき痛みは私が背負い、殿下を守り抜きます。帝国には戻りません」
きっぱりとした宣言に、レヴィアは小さく息を詰めた。
自分が何者かも知らないままに、ためらいもなく「守る」と言ってくれたアルテミシア。
そして、知ってからも変わらず、同じ言葉を贈ってくれる。
「僕はミーシャが、もうあんな怪我をしないといいなって、思ってるよ。そのためにもし、必要な痛みがあるのなら、貴女ひとりに背負わせたりしない。ありがとう、ミーシャ」
満月の笑顔を浮かべるレヴィアに、ヴァーリは知らず震える息を吐いた。
互いの痛みを思い合う若者たちによって、トーラ国の新しい扉が開き、新しい風が吹きこもうとしている。
「一緒に見たかったな、リーラ」
「ご覧になっていらっしゃいますよ。妃殿下はきっと」
「……そうだな」
ヴァーリとギードには、朗らかに笑いながら若者たちを見つめる、美しい人の姿が見えるようだった。
(リーラ。……リーラ・テムラン)
愛しい人の名を心で呼びながら、ヴァーリはアルテミシアに微笑みかける。
「新しい名は、テムランではどうだろうか」
「ですが、テムランは……」
戸惑うアルテミシアに、ヴァーリは懐から出した書状をレヴィアに渡した。
「近々アガラム王国より、テムラン大公がお忍びでいらっしゃるご予定だ」
受け取った書状を開き、読み進めるレヴィアの目が丸くなっていく。
――返事が遅い。無能王と呼ぶぞ。息災でやっているのか――
――早くレヴィアに会わせろ、この戯け者が。父子でいるところを見せてみろ――
乱暴なアガラム語の奥に溢れる親愛の情。
そして、手紙の最後には『テムラン一族に加わる騎士がいることを、大変光栄に思う』と結んであった。
「ミーシャ、テムラン大公は、光栄だって」
「お前の祖父だぞ。テムラン大公などと、他人行儀に呼んでみろ。大泣きをする。鬱陶しいから『おじい様』と呼んでやってくれ」
「うっとう……しい……?」
濃いまつ毛を瞬かせるレヴィアの耳に、ギードが口を寄せる。
「ヴァーリ様は、お若いころは、ほとんどトーラになどおりませんでした。アガラムは気に入られて、特に長く。大公とは旧知の仲です。『放浪王子』と呼ばれ……」
「ギード、それ以上しゃべるなら、いろいろ覚悟をしておけ。……酒が飲める年齢になったら、レヴィアには私から話そう」
口元に微笑みを浮かべたヴァーリが、レヴィアをちらりと振り返った。
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