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分水嶺‐2‐
そして、秋も終わるころ。
それぞれの役割をそのまま引き継げる施設が離宮に整い、フリーダ隊と愚連隊は、拠点をトレキバからトゥクース離宮へと移したのだ。
「愚連隊?ヴァイノと稽古、してたの?僕、いないのに、また?」
レヴィアの声が、だんだんと低くなっていく。
弟子となって以降、ヴァイノはすきあらば剣の稽古をねだるものだから、そのたびにアルテミシアは「お前は遊び盛りの子犬かっ」と、呆れて笑うのが常だった。
本当に、どこで見ているのかと不思議に思うほど、ヴァイノはアルテミシアの手の空く時間を見逃さない。
ふたりきりで手合わせをしていることもしばしばで、それを見かけるたびに、レヴィアはモヤモヤした気持ちになるのだ。
「スヴァンとトーレも一緒にな。あのふたりも、護身術くらいは身につけておいたほうがいい。これから何があるかわからない」
アルテミシアの言葉の途中で、クローヴァの表情に影が差す。
「すまない。僕を王宮から連れ出してくれたばかりに。回復したら、僕もフリーダ隊に加わろう」
「僕も、もっと頑張るよ」
真面目な顔をする王子たちのすぐ前に立ったアルテミシアが明るい笑い声を立てた。
「何をおっしゃるのですか。軍と行動をともにする者にとっては、当たり前のことです」
さやさやと吹いてきた秋風に、満開の薔薇の花束のような巻き髪が揺れる。
「それに、クローヴァ殿下は、ご自分の正規隊をご統率なさるお立場でしょう。……レヴィときたら」
笑みを浮かべた若草色の瞳が、主を見上げた。
「確かにレヴィは竜騎士だ。でも、貴方の命に私たちは従う。貴方のために私は戦う。レヴィが指揮官なんだぞ」
「頼もしい竜騎士だね。僕の隊には、ぜひ貴女が欲しいな」
レヴィアは驚き、風に躍る紅色の巻き髪をからめ取った兄を凝視する。
「だ、だめ、です。ミーシャは、駄目」
「でも、竜騎士はふたりいるだろう?ひとりくらい、僕の隊にも欲しいな」
「!」
レヴィアは思わず、兄から紅い巻き髪を奪い返した。
「ご指名は光栄ですが、ロシュとスィーニがそろってこその騎竜隊です。それに、私はレヴィを守るためトーラ国民となりました。離れるなんて考えられません」
丁寧に、だが、すげなく謝絶するアルテミシアに、クローヴァが含み笑いをする。
「こういうときはね、レヴィア。感謝を込めて、その手の中の髪を押し頂くものだよ。……ついでに、口付けのひとつでも」
「え?……あぁっ!」
無意識の笑顔で握り締めていたアルテミシアの髪を、レヴィアは慌てて手放した。
「ところで、リズィエは何か用があってここに来たのでしょう?」
「そうでした」
アルテミシアがレヴィアに向き直る。
「ギードから、スィーニを飛ばすことのできる、良い場所を教えてもらったんだ。離宮裏の山向こうが平原になっているって。途中の森が深いから、街の者がそうそう行けるところではないらしい」
「そうなの?今から行く?」
「できれば。クローヴァ殿下、弟君をお借りしてもよろしいですか?」
「スィーニだけ?ロシュは連れていかないの?」
「今日はスィーニで遠乗りがてら、訓練をして参ります。それぞれの竜に乗っては、遠乗りにならないでしょう?レヴィ、行こう」
「うん!兄さま、またあとで」
「行ってらっしゃい」
(それは遠乗りというより……)
微笑ましそうな表情で、クローヴァは庭へと下りていくふたりの背中を見送った。
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