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美しい日々‐2‐
レヴィアが見張り役を兼ねたジーグの授業を終えて広間に顔を出すと、アルテミシアとラシオンが組手をしているさなかであった。
身長差をものともせず、ラシオンの懐に入ったアルテミシアが拳を繰り出す。
「キレッキレだねぇ!」
軽い身のこなしでよけたラシオンがその腕をつかむが、容易く足払いを食らい、肩をひねられて床に投げ落とされた。
「うっわ、今のなに!どうやってんの?」
驚嘆しながら起き上がったラシオンの目に、入り口にたたずんでいるレヴィアが映る。
組み手をしている自分たちに戸惑い、声をかけあぐねている様子だ。
(……ふーん……)
ラシオンはにやつきながら立ち上がると、背を向けているため、レヴィアに気がついていないアルテミシアに体を寄せる。
「お嬢、今の教えてよ。俺がこう、腕を取っただろ?」
するりと。
ラシオンの手が、アルテミシアの二の腕から手首までをなで下ろす。
「そんなゆっくりじゃなかったろう。それだと相手の反動を使えない。もう少し」
「こうかなぁ」
今度は肩に腕を回して、ラシオンはアルテミシアを自分の胸元に抱き込んだ。
「お嬢、なんかいいニオイすんなぁ」
頬を寄せてのぞき込んでくるラシオンを、冷たい鮮緑の瞳がにらみ上げ……。
「ふざけるなら、もう教えないぞ!」
同時にラシオンの鳩尾に鋭い一発が炸裂する。
「ぐはっ!」
「あの、ミーシャ……」
ラシオンが腹を抱えて体を折ったとき、やっとレヴィアが小さな声を出した。
「レヴィ!遅かったな!」
向けられたアルテミシアの笑顔は屈託ないものなのに、レヴィアは温度のない目で、ラシオンを眺めるばかりだ。
その視線に気づいたアルテミシアは、うずくまっているラシオンの頭の上に肘をぐりぐりとめり込ませる。
「リズにぼこぼこにされたから、一緒に稽古をしたいそうだ。構わないか?」
「いい、けど」
レヴィアは無表情のまま、あごを下げる。
不安と不快が混ざった、ざらざらした気持ちが腹の底から湧き上がり、その強い感情が、レヴィアから表情と言葉を奪ってしまっていた。
その後、ラシオンと組手をしていたとき。
アルテミシアの肩を抱き、顏を寄せていたあの姿が胸をよぎった瞬間、レヴィアの本気の回し蹴りがラシオンの横腹にさく裂した。
「ラシオン!」
倒れ込んだラシオンに駆け寄ったアルテミシアが、抱き起しながらレヴィアを振り仰ぐ。
「レヴィ、やり過ぎだ。らしくないぞ」
「あ……、あの、ごめん、なさい」
「あー、気にすんな。自業自得だな、こりゃ。悪かったな、レヴィア」
しょげた様子で座り込むレヴィアに、ラシオンは軽く笑いかけた。
「何でラシオンが謝る?」
「からかい過ぎたからさ」
首を傾げるアルテミシアの肩をぽんと叩くと、ラシオンはひょいと身軽に立ち上がる。
「うっし、汗かいたことだし、湯でも使ってくるわ。あとはおふたりさんでどーぞ。……イテテ、結局ボコボコじゃねぇか……」
広間を出てくラシオンに、アルテミシアは目をぱちくりとさせるばかりだ。
「まあ、ああ言っているから、ラシオンは大丈夫だろう。それより、レヴィ」
上目遣いで見上げたレヴィアの頬に、アルテミシアがそっと手を伸ばした。
「何か嫌なことでもあったか?レヴィが加減できないなんて、よほどだろう」
「よほど」「嫌なこと」。
そう言われてレヴィアが思い浮かべるのは、ラシオンの胸に抱き寄せられていた、アルテミシアの姿。
「……わからない。どうして、こんな気持ちになるのか」
「ふーん?……ま、そういうときもあるな。よし、そんなものは体を動かして、さっさと忘れよう!本気で向かってこい!私はラシオンより強いからな。全部受け止めてやる」
「……うん」
相変わらずの天真爛漫なアルテミシアを見ているうちに、ほんの少し、レヴィアの胸のモヤモヤが薄らいだ。
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