美しい日々‐4‐

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美しい日々‐4‐

 アルテミシアは「大丈夫」と軽く請け負ったが、旅装束(たびしょうぞく)一枚でスィーニに乗るのは、やはり無茶なようだった。 「空は寒いって、よぅくわかった。うわっ、風が入ってくる!レヴィ、ぎゅってして!」  素肌に旅装束(たびしょうぞく)をはおっただけのアルテミシアから密着されて、その柔らかな感触にレヴィアの心拍数が上がる。 「レヴィも寒いだろ?もっとくっついて」  胸にすり寄ってくるアルテミシアは確かに温かいが、あまりに胸が騒いで、手綱(たづな)を離してしまいそうだ。 「どうした?レヴィ」  アルテミシアがレヴィアの胸に耳を寄せる。 「心臓がドコドコいってる。なにか怖いのか?」 「こ、わくは、ないよ。でも、えと、ミーシャ」 「ん?」 「ちょっと、離れて」 「なんで?」 「なんでって……」  さらに心拍数の上がったレヴィアは、もう、そのまま口を閉じるしかない。  ただ、アルテミシアをスィーニから落とさないようにすることだけを考えて、手綱(たづな)を握りしめ続けた。 ◇  スィーニを竜舎に帰したあとで、アルテミシアとレヴィアは、足音を忍ばせて離宮の様子をうかがう。 「ジーグは水遊びにはうるさいからな、ぐぇ?!」 「わぁっ!」  襟首(えりくび)をつかまれたふたりが振り返ると、背後にそびえ立つのは、眉間(みけん)に深いしわを刻んだジーグだ。 「どうしてこんなに濡れ(ねずみ)なんですか、あなた方は。……こちらに」  そうしてジーグは、ふたりを引きずるようにして、離宮の廊下をのしのしと歩いていった。  誰の邪魔も入らないクローヴァの部屋の前庭で、神妙な顔をするアルテミシアとレヴィアの前にいるのは、仁王立ちしたジーグである。 「スィーニがすごいんだ!今度、ジーグにも見せてやる」 「そうですか。それでリズィエ、水遊びは楽しかったですか?」 「もちろん!……あ」  瞳をふいとそらせたアルテミシアに、ジーグがため息をついた。 「……湯を用意させていますから、体を温めてきてください。レヴィアは賓客室の湯殿(ゆどの)を使わせてもらえ。申し訳ございません、クローヴァ殿下」 「構わないよ。楽しかった?レヴィア」 「……はい」  うなずく弟を見るクローヴァの笑顔は、とても優しい。 「そう。今度は僕も誘ってくれる?水遊びなど、久しくしてないからね」 「はい。あ、でも。……スィーニは強い、ですよ?」  真剣に自分の身を案じている様子のレヴィアに、クローヴァは吹き出して笑った。 「いくら暖かいとはいえ、もう冬の声を聞く季節に水遊びとは」 「リズィエはともかく、王子たるレヴィアに何かあったら、どうするおつもりですか」  湯あみを終えて、頬をバラ色に上気させているアルテミシアは、クローヴァの部屋でジーグの長い説教を聞かされていた。 「リズィエ!」 「聞いてる聞いてる」 「聞いていると、理解しているは違いますよ」  (はた)から見てもいい加減な態度のアルテミシアに、ジーグの眉間(みけん)のしわは深まるばかりだ。    (くつろ)ぐクローヴァの隣で薬茶を()れながら、レヴィアはハラハラしながら、主従のやり取りを見守っている。 「フリーダ卿とリズィエは、いつもあんな感じなの?」  クローヴァから耳打ちされたレヴィアは、戸惑い顔をして、アルテミシアとジーグを見比べた。 「えっと、ミーシャは、いつもはもっと、しっかりしてます。ちゃんと、かっこいいです」  自分の言い訳をするような弟にくすりと笑いながら、クローヴァは薬茶を味わう。 「いつもは、か。……ふたりと一緒にいるときは、楽しかったんだね。それはよかった」 「……兄さま」  切なそうな紺碧(こんぺき)の瞳に返す言葉もなく、レヴィアはただこくんとうなずいた。
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