ネズミをあぶり出す炎‐1‐

1/1
前へ
/335ページ
次へ

ネズミをあぶり出す炎‐1‐

 アルテミシアがジーグを本気で怒らせてから、半月余りのちの夜。    離宮奥に建てられた竜舎(りゅうしゃ)で、アルテミシアはロシュの屈強な首を抱きしめ、漆黒の羽に顏を(うず)めていた。  床に置かれた角灯(かくとう)のちらちらと揺れる(あか)りが、夜に沈む竜舎の中で寄り添う、ひとりと一頭の足元を浮かび上がらせている。  隣で(くちばし)を翼に差し込み眠るスィーニと比べると、ロシュの体は一回りほど大きい。 「あの日は、本当に楽しかったんだ」  顔を半分だけ上げたアルテミシアが、ロシュに(ささや)いた。 「まるで、普通の娘みたいに遊んだ。今度、ロシュも一緒に遊ぼうな」 「クルゥ」  小さく鳴きながら、ロシュはアルテミシアの頭の上にそっと(くちばし)を乗せる。 「フロラは正しい。私は人殺しだ。しょせん、竜騎士だからな」 「リズィエ、皆集まりました」  暗闇の向こうから届いた低い声に口を閉じると、一呼吸置いてから、アルテミシアは振り返った。 「どうだった?」 「はい。『テムラン大公お忍びの訪問』に食いついています」 「そうか。もう間もなくだな」 「はい。こちらが流した偽の行程を、そのまま鵜呑(うの)みにしているようです」 「相変わらず、いい腕をしている。当日まで、存分に(あお)ってやろう」  アルテミシアの勇ましい声が夜を震わせる。 「派手にいくぞ。でも、そうだな。レヴィアが心を痛めるだろうから、適当に加減してやろうか。特に、市民には被害を出してはならない。クローヴァ殿下のご様子は?」 「剣を持てる程度には」  暗がりから、若い声が報告をした。 「では、ご臨場願う。ギード、ダヴィド。何があろうと、決してクローヴァ殿下から離れるな。いざとなればロシュを出す。王子たちの凱旋(がいせん)に華を添えよう!」 「はい!」 「はい」  熱のこもったダウム親子の返事に、口角を上げたアルテミシアが、足元の角灯(かくとう)を手に取り顏の横にかざす。 「竜を味方に得た王子が如何程(いかほど)のものか。この国を食い物にしている奴らに、目に物見せてやる!」  鮮緑の瞳を刃のように光らせた竜騎士の扇動に、フリーダ隊員とダウム親子が、一斉にトーラの礼をとった。 ◇   窓のない石積みの部屋の壁には、小さな松明(たいまつ)がたったひとつ。  頼りない炎が細く揺れている。 「準備はどうだ」  男の小声が、(よど)んだ空気と混ざり合った。 「滞りなく」  ねっとりと話す男の影が深く頭を下げる。 「融和政策の(すき)を突いて入り込んだスバクル兵にも、困ったものだな」 「はい」 「テムラン大公は死ぬな」 「はい」 「アガラムの外道(げどう)なんぞを招いた愚かな国王も、無事では済まないな」 「もちろんでございます」 「それにしても」  上品な声に嘲笑(ちょうしょう)が混じった。 「堂々と城下大通りを抜けるとは」 「最近首都には、目障りなほど外道共(げどうども)がうろつくようになりました。そのほうが目立たないと踏んだのでしょう」 「スバクル連中も生かしてはおくな」  わずかに(なま)りのある重い声が、隅の暗がりから発せられる。 「当たり前だ。下賤(げせん)な暴徒どもなど、優秀な我が部隊が鎮圧する。一匹残らずな」 「出した金額分、成果は出せよ」 「……黙って見ていろ」  疑いを含んだ声に応える(みやび)やかな横顔に、凶暴な悪意がにじんだ。
/335ページ

最初のコメントを投稿しよう!

106人が本棚に入れています
本棚に追加