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ネズミをあぶり出す炎‐2‐
「北の楽園」と呼ばれるトーラ国首都トゥクースにも真冬が訪れ、足元から冷気がのぼる、冴えた朝。
城下大通りを、仕立ての良い小ぶりの馬車が走り抜けていた。
その馬車が、トーラ・スバクル休戦時に建てられた記念門に差しかかろうかというとき。
門の影から、全身黒衣に包まれ、さらに黒の覆面をした、二十人ほどの男たちが、わらわらと姿を現した。
「止まれ!」
集団から飛び出したひとりの男が、剣を抜き払い御者に突きつける。
「トーラ国王、ヴァーリ・レーンヴェストっ!アガラム大公、マハディ・テムランっ!ここをお前たちの墓場としてやる!おためごかしの休戦など笑止!降りろ!」
次々と剣をかざして馬車を取り囲む男たちに、怯えいななく馬をなだめながら、御者が馬車の扉を開けた。
扉の影からうっそりと、白の長衣をまとった長身の男性が姿を現し、続いて、もうひとり。
そろいのアガラム伝統衣装を着て、巻き布で頭部を覆ったふたりの男性は馬車から降り立つと、同時に腰の剣を手に取った。
「ほぅ、この人数を相手に戦うつもりか。さすが『冷徹の鷹』と『風雲猛虎』、とでも言ってやろうか。だが、多勢に無勢っ!ここで死ねっ!」
黒衣の男たちが踏み出そうとしたその矢先、御者が馬の尻を勢いよく叩く。
「うぉぉっ?!」
客車を引いて走り出した馬に、男たちが一、二歩下がる。
「王じゃなくて残念だったなっ!」
その隙を逃さず、巻き布を取り去ったラシオンが、目前にいた男の肩を刺し貫いた。
耳をつんざくような悲鳴に、我に返った襲撃者たちが一斉に襲いかかってくる。
ひとりの男の短剣に御者帽が斬り飛ばされ、青空に弧を描いて飛んでいった。
「褐色の肌……?!その顔、お前、トーラの者じゃないのかっ!?」
襲撃者が目をむいている。
「トーラの民ですよ。陛下からご承認を頂戴しておりますので。レヴィア様!」
「うん!」
主従ふたりは同時に剣を構え、攻撃に備えた。
「こちらに、早く!」
門の反対側では、クローヴァとダウム親子が、逃げまどう市民たちを誘導している。
「落ち着いて!クローヴァ殿下とレヴィア殿下が、必ずお守りします!」
ダヴィドの指示に従い、避難する市民たちが囁き合った。
「殿下?」
「王子がふたりとは、まさか、あのアガラムの姫の?」
それを耳にしてほくそ笑んだギードが門を見やると、黒衣の襲撃者たちに、三人が押され始めている。
だが、ギードの胸に一瞬よぎった不安は、走り来る蹄の音に、たちまち霧散していった。
「ラシオン、騎乗して援護しろ!」
馬から飛び降りたジーグが、ラシオンの肩を叩く。
「あいよー」
身軽に鞍に跨ったラシオンに向かって、一直線に槍が飛んできた。
「え?うぉっ?!」
「使え!」
「リズ姐!……俺まで殺る気?!」
「これで殺られる程度の腕なら、惜しくもないなっ!」
「ひでぇっ!」
軽口を叩くリズワンが矢をつがえ、苦笑いをするラシオンが槍を構える。
「トーラ国に仇成す者ども!」
ジーグの大音声が、城下に響き渡った。
「トーラの王子、クローヴァ殿下とレヴィア殿下がお許しにならない!思い知るがいい!」
取り巻く男たちを大剣が薙ぎ払い、リズワンの大弓から放たれる矢が、鋭い風切り音を立てる。
「どーこ行こうってんだよっ!」
ダヴィドたちに気づいた襲撃者たちの剣を、ラシオンの槍が弾き飛ばした。
フリーダ隊戦士よりもはるかに数の多い襲撃者たちが、ばたばたと倒れていく。
だが、レヴィアは容赦のない、敵意に満ちた攻撃に委縮し、相手の剣を受けるのが精いっぱいだ。
「迷うな!お前の剣が劣るはずがない!」
励ますジーグの横で、いつの間にかレヴィアの背を守っていた旅装束が、くすりと笑う。
「レヴィはそのままでいい。斬る痛みも斬られる痛みも、私が背負うから!」
そして、姿勢を低くした旅装束の足が大地を蹴り、黒衣の集団のただ中へと躍り込んでいった。
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