106人が本棚に入れています
本棚に追加
ネズミをあぶり出す炎‐3‐
両手に短剣を構えた旅装束はつむじ風のように走り、男たちに体当たりを食らわせ、足払いをかけ斬り倒していく。向けられる刃は華麗にかわし、蹴り上げ蹴り飛ばす。
男たちが沈む。また、沈んでいく。
斬りかかってきた黒衣の肩に、槍を突き立てたラシオンが口笛を吹いた。
「すっげーな。あれが帝国騎竜軍の隊長、か」
「マウラ・サイーダ」
思わず、スライがアガラム語で『戦乙女』と感歎の声を漏らす目の前で、地に伏した襲撃者がうめき声を上げている。
まだ無傷でいる襲撃者は、もう残り数名。
一塊となり、じりじりと後退していく。
「トーラ軍を騙る兇徒どもめっ!」
決着がつくかと思われたとき。
なだれ込んできたトーラ正規軍の軍服を着た一団が、フリーダ隊を何重にも囲んだ。
見れば、軍服には国章とは異なる紋章が入っている。
「こんな外道部隊など、我がトーラ国には存在しないっ!自作自演の騒動など鎮圧してやる!覚悟しろ!」
ひときわ大柄なトーラ兵が、レヴィアに剣を突きつけて叫んだのを合図に、兵士たちが一斉に剣を構えた。
「胡乱な奴めっ!かかれっ!」
剣を振り上げる兵士たちの背中で、アルテミシアが見えなくなる。
「ミっ……!」
飛び出そうとしたレヴィアの頭上にトーラ兵の剣が迫り、その刃を弾き返したジーグの大剣が、そのままの勢いで兵士を斬り払った。
「見ておけ。あれがリズィエだ」
促されたレヴィアが目を向けると、素早くしゃがみ込んだアルテミシアが、目の前の男の脛に短剣を突き立てていた。
「ぎゃあああ!」
よろけたトーラ兵が、隣の兵士を巻き込んで姿勢を崩す。
アルテミシアは膝をついた兵士の背に足をかけ、さらに隣の兵士の肩を足場に、高く飛び上がった。
トーラ兵たちが、誰もいない場所に空しく剣を振り下ろす間に、大地に降り立った旅装束は、目の前の兵士の肩を切り払い、そのまま羽交い絞めにする。
剣を取り落とした男を盾に短剣が繰り出され、嵐になぎ倒される木々のように、アルテミシアを囲んだ兵士の壁が崩れていった。
最後の兵士の膝が、大地に崩れ落ちたとき。
「アルテミシアっ!」
ジーグが止める間もなく、レヴィアが飛び出していく。
その声にアルテミシアが振り返ると、黒の肩羽織が翻りながら視界をさえぎり、鋭い金属音だけが耳に届いた。
褐色の王子の剣が兵士の刃を弾き、同時にリズワンの矢がその背に刺さる。
屈強な兵士が、糸の切れた操り人形のように倒れていった。
肩で息をしながら、レヴィアは背にかばうアルテミシアを振り返る。
「だい、大丈、夫?」
気づかわしげに見上げるアルテミシアに、レヴィアのぎこちない笑顔が返された。
「貴女だけに背負わせないって、言った、言ったよ!」
「……かっこいいこと、言うじゃないか」
「殿下、だから、ね」
「ふふっ」
背を預け合ったふたりが戦場に目を戻すと、数だけはやたらに多い軍団に、仲間たちが苦戦している。
ジーグとスライの正確無比な、卓越した剣でいくら倒しても、次々と湧いて出てくるようだ。
兵士たちはラシオン、リズワンの不意を狙い、クローヴァたちにも迫っている。
「レヴィア、命じて」
アルテミシアの低い声に、対峙する兵士たちから目を離さずに、レヴィアが首を傾けた。
「何を?」
「貴方に刃を向けるこいつらを、殲滅しろと」
「でも、ミーシャだけじゃ……」
「だけ、じゃないだろう?」
「……そっか。そうだね」
察したレヴィアが、大きく息を吸い込んだ。
「僕の竜騎士!トーラに仇成す者たちを、薙ぎ払え!」
「レヴィア殿下仰せのままに!」
襟巻をはぎ取ったアルテミシアが指笛を吹くと、遠くから、高い鳴き声がそれに応えた。
「何だ!?」
地を響かせて迫る足音が聞こえてくる。
「何の音だ?!」
兵士たちが落ち着きなくざわめきだす。
「レヴィ!リズ!援護を頼む!」
剣を腰に戻したアルテミシアは、脇目も振らずに走り出した。
最初のコメントを投稿しよう!