ネズミをあぶり出す炎‐3‐

1/1
前へ
/335ページ
次へ

ネズミをあぶり出す炎‐3‐

 両手に短剣を構えた旅装束(たびしょうぞく)はつむじ風のように走り、男たちに体当たりを食らわせ、足払いをかけ斬り倒していく。向けられる(やいば)は華麗にかわし、蹴り上げ蹴り飛ばす。    男たちが沈む。また、沈んでいく。    斬りかかってきた黒衣(こくい)の肩に、槍を突き立てたラシオンが口笛を吹いた。 「すっげーな。あれが帝国騎竜軍の隊長、か」 「マウラ・サイーダ」  思わず、スライがアガラム語で『戦乙女(いくさおとめ)』と感歎の声を漏らす目の前で、地に伏した襲撃者がうめき声を上げている。  まだ無傷でいる襲撃者は、もう残り数名。  一塊(ひとかたまり)となり、じりじりと後退していく。 「トーラ軍を(かた)兇徒(きょうと)どもめっ!」  決着がつくかと思われたとき。  なだれ込んできたトーラ正規軍の軍服を着た一団が、フリーダ隊を何重にも囲んだ。  見れば、軍服には国章とは異なる紋章が入っている。 「こんな外道部隊など、我がトーラ国には存在しないっ!自作自演の騒動など鎮圧してやる!覚悟しろ!」  ひときわ大柄なトーラ兵が、レヴィアに剣を突きつけて叫んだのを合図に、兵士たちが一斉に剣を構えた。 「胡乱(うろん)な奴めっ!かかれっ!」  剣を振り上げる兵士たちの背中で、アルテミシアが見えなくなる。 「ミっ……!」  飛び出そうとしたレヴィアの頭上にトーラ兵の剣が迫り、その刃を弾き返したジーグの大剣(たいけん)が、そのままの勢いで兵士を斬り払った。 「見ておけ。あれがリズィエだ」  促されたレヴィアが目を向けると、素早くしゃがみ込んだアルテミシアが、目の前の男の(すね)に短剣を突き立てていた。 「ぎゃあああ!」  よろけたトーラ兵が、隣の兵士を巻き込んで姿勢を崩す。  アルテミシアは膝をついた兵士の背に足をかけ、さらに隣の兵士の肩を足場に、高く飛び上がった。  トーラ兵たちが、誰もいない場所に空しく剣を振り下ろす間に、大地に降り立った旅装束(たびしょうぞく)は、目の前の兵士の肩を切り払い、そのまま羽交い絞めにする。  剣を取り落とした男を盾に短剣が繰り出され、嵐になぎ倒される木々のように、アルテミシアを囲んだ兵士の壁が崩れていった。    最後の兵士の膝が、大地に崩れ落ちたとき。 「アルテミシアっ!」  ジーグが止める間もなく、レヴィアが飛び出していく。  その声にアルテミシアが振り返ると、黒の肩羽織(かたはおり)(ひるがえ)りながら視界をさえぎり、鋭い金属音だけが耳に届いた。  褐色の王子の剣が兵士の刃を弾き、同時にリズワンの矢がその背に刺さる。  屈強な兵士が、糸の切れた操り人形のように倒れていった。    肩で息をしながら、レヴィアは背にかばうアルテミシアを振り返る。 「だい、大丈、夫?」  気づかわしげに見上げるアルテミシアに、レヴィアのぎこちない笑顔が返された。 「貴女(あなた)だけに背負わせないって、言った、言ったよ!」 「……かっこいいこと、言うじゃないか」 「殿下、だから、ね」 「ふふっ」  背を預け合ったふたりが戦場に目を戻すと、数だけはやたらに多い軍団に、仲間たちが苦戦している。  ジーグとスライの正確無比な、卓越した剣でいくら倒しても、次々と湧いて出てくるようだ。  兵士たちはラシオン、リズワンの不意を狙い、クローヴァたちにも迫っている。 「レヴィア、命じて」  アルテミシアの低い声に、対峙(たいじ)する兵士たちから目を離さずに、レヴィアが首を傾けた。 「何を?」 「貴方(あなた)(やいば)を向けるこいつらを、殲滅(せんめつ)しろと」 「でも、ミーシャだけじゃ……」 「だけ、じゃないだろう?」 「……そっか。そうだね」  察したレヴィアが、大きく息を吸い込んだ。 「僕の竜騎士!トーラに仇成(あだな)す者たちを、()ぎ払え!」 「レヴィア殿下仰せのままに!」  襟巻(えりまき)をはぎ取ったアルテミシアが指笛を吹くと、遠くから、高い鳴き声がそれに応えた。 「何だ!?」  地を響かせて迫る足音が聞こえてくる。 「何の音だ?!」  兵士たちが落ち着きなくざわめきだす。 「レヴィ!リズ!援護を頼む!」  剣を腰に戻したアルテミシアは、脇目も振らずに走り出した。  
/335ページ

最初のコメントを投稿しよう!

106人が本棚に入れています
本棚に追加