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ネズミをあぶり出す炎‐4‐
その背に追いついたひとりの兵士の剣が、アルテミシアの頭巾を切り裂く。
「邪魔をするなっ、雑魚がっ!」
振り返りざまの回し蹴りをあごに受け、のけぞり倒れる兵士に、頭巾ともに斬られた紅い髪が降りかかった。
「追えっ、逃がすな!」
「行かせないっ」
兵士たちの前に、剣を構えるレヴィアが立ちはだかる。
ためらいなく振り上げられたレヴィアの剣が、ギラリと陽を反射させた。
「何だ……、あれは」
迫りくる『イキモノ』を見て、トーラ兵が絶句する。
漆黒の体に、紅い稲妻模様のある羽。
脚鱗に覆われた足は鳥のようでいて、太さと凶悪さはその比ではない。
あの嘴に噛みつかれたら、爪に蹴られたのなら。
「バケモノ……」
大通りにひしめくトーラ兵士たちから、恐れ慄く声が漏れ出した。
赤毛の騎士は『イキモノ』走り寄ると、身軽に鞍に飛び乗って、手綱を回す。
「行くぞ、ロシュ!」
嘴の横につけられた装置から延びる鎖を、アルテミシアが握り込んだ。
「噴けっ!」
着火装置が火花を散らし、同時に稲妻模様のイキモノが嘴を開ける。
「わああああああぁ!」
「バケモノだぁぁっ」
渦を巻き迫る火焔のなか、兵士たちは恐慌状態に陥った。
なお刃向かってくる兵士には、イキモノの鋭い爪がお見舞いされて、トーラ兵士たちは一気にその数を減らしていく。
「バケモノとは失礼なっ、こんな美丈夫に!ヴァーリ陛下ご承認、トーラの竜だぞ!」
鮮やかな手綱さばきで、アルテミシアはトーラ兵士たちを追い詰めていった。
「王子に仇なす国賊どもめ!竜と竜騎士が根絶やしにしてやる!」
「竜?!」
「陛下ご承認だと?!」
凛々しく宣言する赤毛の竜騎士を、残る兵士たちが呆然と見上げる。
「これが、竜……」
羽根を逆立て走る紅い稲妻模様の竜と、その鞍上で、卓抜した剣技を見せる竜騎士。
噂にたがわず、いや、それよりも恐ろしい存在を前にしたトーラ兵士たちは、抵抗する気力もなくなっていた。
「竜を操る王子?」
「王子の騎士なの?」
騒乱を見守る市民たちからの囁きは絶えず、みるみる大きくなっていく。
「投降して!これ以上、命を無駄にしないで!」
レヴィアの言葉に兵士はひとり、またひとりと剣を捨てていった。
「お、王子がっ、トゥクースを守ったぞぉっ!」
大通り向こうの建物の影から、力いっぱい叫ぶヴァイノの声が聞こえてくる。
「クローヴァ殿下、万歳!」
トーレとスヴァンもそれに続いた。
「レヴィア殿下、万歳!」
アスタと、ロシュを放つという大役を終えたメイリの声がそろう。
少年、少女たちに釣られるように、隠れていた市民たちがわらわらと姿を現し始めた。
「トーラの王子、万歳!」
「栄光の兄弟!」
王子たちをほめ称え続ける言葉に、市民たちの声が重なり出していく。
「……我がトーラ国の、王子たち!」
「トーラの兄弟っ」
「王子が逆賊を討ち果たし、首都をお守りになった!」
ジーグの重低音が辺りの空気を支配して、ひときわ大きな歓声が城下通りに沸き上がった。
大喝采のなか、ダウム親子に先導された軍馬に騎乗するクローヴァとレヴィアが王宮へと向かい、歓喜にあふれる市民たちが、長い列を作って続いていく。
そこには、レヴィアの容姿を気にする者など、誰一人としていなかった。
「王子が凱旋していくな」
満足そうにうなずいて、アルテミシアがその背中を見送る。
「これで重臣共も、おふたりを蔑ろにはできまい。陛下の宿願が叶うな。……そういえば、陛下はどうされてるかな」
アルテミシアはトーラ城を気にしながら、建物の影で目を丸くしている少年たちと、慕わしそうに手を振る少女ふたりに向かって、拳を突き出す合図を送った。
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