窮鼠‐2‐

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窮鼠‐2‐

 王子たちが、華々しい凱旋を果たしたその日。  国王ヴァーリは昼を待たずに、「選定七重臣」に緊急招集をかけた。    騒動の元である、アッスグレン家当主エグムンドは、出席者たちから向けられる無遠慮な視線を無視して、余裕の表情で席についている。 「さて」  玉座に座るヴァーリが肘掛けに頬杖をつき、重臣たちを見回した。 「今朝の騒ぎは聞き及んでいよう、アッスグレン公。貴公の弟による騒動の説明を」 「バリエスは何と申しておりますか」 「ご招待している最中(さいちゅう)だ。なんだ、エグムンド。お前は弟の口を借りないと、自家のことさえ話せないのか」  冷淡な王の口調に、重臣たちの間から密やかなさざめきが生まれた。 「いえ、愚弟(ぐてい)が勝手に仕出かした事件に関して、どう申し開きをしているか、と思いまして」 「勝手に?貴公は預かり知らぬと」 「もちろんです。常日頃、あの野心に満ちた弟には手を焼いておりました。しかし、国王陛下」  薄い嘲笑(ちょうしょう)が混じるエグムンドの目は、弟バリエスとよく似ている。 「やっと休戦を結んだばかりのスバクル領主国に対し、融和政策などを取った末の、この争乱ではないですか?愚弟(ぐてい)とスバクルが、こうも簡単に結託するなど、隙があるにも、」 「時にエグムンド。アッスグレン家は、最近とみに栄達(えいたつ)目覚ましいが、当主は誰であったか」  とぼけ顔のヴァーリがエグムンドをさえぎった。 「当主?……私、ですが」  エグムンドの目が警戒に細められる。 「ふむ。当主は家臣を束ねるものだな」 「……はい」 「家臣が当主の知らぬところで悪事を働いた場合、(あるじ)が無能なのか、家臣の性質(たち)が悪いのか。どちらだと思う」 「弟は家臣ではありません。愚か者とはいえ、身分は私と同等の貴族です」 「お前の家令はどこにいる」 「は?」 「カーフ・アバテだ」  その名をヴァーリが口にしたとたんに、エグムンドの眼球が揺れた。 「アッスグレン軍に王子たちを殺せとの(めい)を下したのは、お前の弟バリエス。そして、実際に動かしたのはカーフだ。貴公は、家令の所業も知らぬと言うか。当主の首はお飾りか?そういえば、お前の屋敷は飾り物が多いな」 「……その証拠はお有りで?」 「その場にいたからな、私自身が」  エグムンドが一瞬で蒼白となる。 「知らなかったというのなら、そのような無能、当主の器ではない。知っていたというのなら、弟と同じ逆賊だ。捕え、牢に入れろっ」 「は!」  玉座の後ろから、黒の襟巻(えりまき)で顔を隠したギードが滑るように進み出て、もはや抵抗する気力も無いエグムンドを、引きずるようにして議場を出ていった。  残された六人の重臣は、その光景を声も無く見守るばかりである。 「さて」  ヴァーリは姿勢を正して、議場をぐるりと見渡した。 「王襲撃計画に関して、察知していたのは、我が息子の部隊だけだろうか。ほかに、事前に把握していた者はいるか?」  誰もいないかのように静まり返った議場に、王の声だけが朗々と響く。 「まあ、今さら知っていました、とは言えぬよな。知っていて傍観を決め込んでいたのなら、王家に対する反逆だ。なあ、聡明なる七重臣よ。……ああ、今ひとり減ったな」  唇に底知れぬ微笑みを浮かべたヴァーリの背後。議場控室へとつながる扉が、細く開いている。  その隙間からのぞく琥珀(こはく)の瞳が、王の最後の一言に顔色を変え、また身じろぐ者たちの姿を、逃さずにとらえていた。
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