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動き出す心‐愚連隊2‐
ヴァイノはレヴィアが消えた扉を見つめて、しきりに首をひねる。
「デンカ、なんかキゲン悪ぃのかな」
「アルテ、ミシア様って、ちゃんと呼べないからじゃない?あんだけ教えてもらってんのにさ。怠けてばっかだから、ディアムド語」
スヴァンの飴色の瞳が、意地悪く細められた。
「え、だってさぁ……。アーテミ、ミーシヤ……?なぁ、アスタ。おまえ、ふくちょのこと知ってたろ。さっき手ぇ振ってたもんな」
「ええ、まあ……」
言葉を濁すアスタに、ヴァイノがぐいっと迫る。
「デンカはふくちょのこと、何て呼んでんの?おまえだって、ちゃんとした名前は、教えてもらってなかったんだろ?」
アスタは師匠であるリズワンに、尋ね顔を向けた。
「ヴァイノは一度、痛い目を見たほうがいいな。……まあ、一度では足りないだろうが。教えてやれ、アスタ。坊の呼び方を」
「痛い目」という言葉に、アスタが深くうなずく。
「ミーシャ、とお呼びになってるわ」
「そっか!それだ!」
ヴァイノの指がパチン!と鳴らされた。
「ミーシャならオレでも呼べるな!ちょっと、ふくちょのとこ行ってくる!」
フリーダ隊に正式入隊を許された喜びに浮かれながら、ヴァイノが休憩室を飛び出していく。
止める暇もないその素早さに、ラシオンは吹き出して笑った。
「リズ姐、あれ大丈夫?さっきの殿下、『冷徹の鷹』だったぜ」
「あんなものじゃありません」
「あんなもんじゃないですよぅ」
声をそろえたアスタとメイリが、顔を見合わせる。
「メイリも知ってたものね。いつの間に?」
アスタがメイリをのぞき込んだ。
「アルテミシア様が竜舎にいらしたとき、暑さにあたられたことがあって。……あたし、スィーニとロシュのこと、トレキバんときも知ってたから」
「へぇ」
「え?」
「ずりっ」
トーレとスヴァン、そして、ヴァイノの非難を無視して、メイリは続ける。
「そのとき、奥の水浴び場で、旅装束を脱いでいらしたところに、伺ってしまってさ。あとからいらした殿下は、それがお嫌だったみたいで。アスタは?」
「トレキバの休憩室に、最初に行ったとき。うっかり旅装束を脱いでいらしたアルテミシア様に、お会いしてしまったの」
「殿下、すんごい目してなかった?」
「……極寒だった……」
「坊はお嬢を介して、世界とつながっているからな」
ぶるりと震える少女ふたりの隣で、リズワンが薄く笑った。
「まあ、気長に付き合ってやれ。お前たちも坊の特別だ」
「私たち、も?特別?」
部屋の隅にいたフロラが身を乗り出す。
「そうさ。世界に出て、初めて得た仲間だ。お前たちにとっても、坊は特別だろう?」
「「はい」」
トーレとフロラが力強くうなずいた。
「殿下は僕らを差別なさらない。新しい居場所と知識、仕事を下さいました。ジーグ隊長と殿下は、僕たちの恩人です」
「そんな畏まってやんなよ。差別も何も、レヴィアにはそもそも、身分なんて意識はねぇだろ。それに、あいつに必要なのは仲間、友人だよ。敬われて、線引きされることじゃなくってな」
「恐れ多くはないですか?」
仲間うちで一番長く首都で暮らし、「世間」もそれなりに肌で学んでいるトーレは、軽い調子のラシオンに不安そうな目を向ける。
「そういうの、レヴィアが望んでねぇと思うけど。ま、ヴァイノはちょっと過ぎるから、少しは思い知ったほうがいいけどな」
「可愛い顔をして、ハリネズミは意外と凶暴だからな」
涼しい顔をしているリズワンの言葉に、少女ふたりとラシオンが忍び笑いを漏らした。
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