劫火

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劫火

 すべてが炎に包まれていた。    父が(えが)かせた家族の肖像画。  母、愛用の調度品。  うつ伏せ、横たわる両親。    血に染まり倒れ伏す両親の頭上に、燃える(はり)が崩れ落ちてくる。  轟音が辺りに響き、ふたりの姿は炎の向こうに消えていった。    喉が、肺が焼けつくようで息が浅くなる。  ああ、このまま自分も息絶えるのかと思ったとき。  荒れ狂う烈火(れっか)が屋敷を喰らい尽くしていく音に紛れ、泣き叫ぶ声が切れ切れに耳に届いた。  ……あれは妹だろうか。弟だろうか。    助けに行かねばと一歩踏み出したとき。  背中に熱い衝撃が走り、景色がゆがんでいく。  ぐらりと足元が崩れて、幼い声が遠く、細く途切れて消えていった。  耳に吹き込まれた生温かい吐息は、誰かが背後から低く(ささや)く声。  けれど、何を言われたのかを理解する前に。  世界は暗く閉じていった。
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