『魔法使いの猫と千年の家』~にゃんすけのごはんと真幸の恋~

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 僕は初めて食堂からテラスに出た。  僕がいるからなのか、この家では外へ出ることのできるドアや窓が開いていることはない。「出たら閉める」、「入ったら閉める」がこの家の決まり事になっていて、来客があるときも注意しているし、郵便屋さんとか宅配さんとか来たときは、留さんが受付室にある窓口で対応していたりする。  だから僕は今日、初めて外に、テラスに出たんだ。  まだちょっとちっちゃい僕は外に出たことがない。だけど夢の中では何度も家の周りを駆けているから、まったく同じじゃないだろうけど、庭がどうなっているか知っている。だからそんなに不安にはならない。夢の中と同じなのかを調べようと考えるとドキドキする。  今日はとっても天気が良くて、見上げた空にはうっすらとした雲が浮かんでいる。だけどそれもしばらくすると消えてしまうに違いない。  空の色で天気を予想しながら、家の周りを見渡す。森の方を見るとかなり離れた森の近くに大きな金木犀の木が立っている。つやつやした葉っぱをした大きな木だ。空まで行きそうなくらい大きい。夢の中と同じ場所に立っているけど、大きさは同じじゃない。夢の中よりも、もっともっと大きくなっている。森の木々も大きいけど、それと同じくらいに大きかった。  それを見て焼き芋を思い出した。食べられなかった悔しさも思い出して、ぐっと脚に力を入れた。  森とは反対側に目を向けると庭園を囲むように低い壁が続いていて、その向こうにいくつかの木々と、さらに向こうに大きな建物が建っていた。  そこは真幸が通っている大学っていうところだ。いつも真幸の部屋から見ていて、真幸からも話を聞いていたから知っている。  あそこに工藤もいるんだ。つまりあそこに行けば工藤のごはんやお菓子が食べられるはずだ。  今いるのはテラスだけど、テラスの端にある階段を使えば小さな僕でも庭に降りられるに違いない。そう判断して階段の方へ行こうとしたところで誰かに捕まえられてしまった。 「にゃんすけ、まだ外は危ないだろ」  首根っこを真幸の手で摘まみあげられてしまった。こうされてしまうと今までの意気込みがどこかへ飛んでいってしまって、僕はしゅんっと静かになってしまう。  真幸は僕を持ったまま食堂に入って、テラスに出る窓をしっかりと閉めてしまった。 「外に出てしまったのかい?」  ソファで本を読んでいた真一郎さんが僕を見て真幸に尋ねた。 「そろそろ迷子札をつけておいた方が良いと思ってはいたんですけど、用意するより先に出てしまいました」  真幸は僕の首根っこを摘まむ状態から腕に抱える状態に変えた。焼き芋の恨みを忘れてはいないけどかなり薄れていたので、僕は大人しく抱かれていた。 「それならこれを付けたら良いよ」  真一郎さんがソファの前に置いてあるたくさん本の山の間から何かを取ると、真幸へ手渡した。 「昨日、三日月くんがやってきて、これを置いていったから」  手渡してきたのはえんじ色の首輪だ。邪魔にならない程度の大きさのタグがついていた。 「本当ならにゃんすけの目の色に合わせて、瑠璃色が良かったんだけど、まだ子猫だから目立つ方が良いだろうって言っていたよ」 「えんじ色はちょっと暗い赤ですけど」 「真っ赤はにゃんすけの色に合わないっていうことらしい。タグには名前とこの家とお前の電話番号を書いてあるから、迷子になっても大丈夫だよ」  さっそくタグ付きの首輪をつけられた。夢の中の僕もつけていたからか付け心地は悪くない。なんか昔からつけていたような気分がした。 「似合っているじゃん」 「なかなかいいね。少し灰色がかった白だから、普通の赤だと合わないけど、暗い赤だから馴染んでる」  二人で僕と首輪を見て満足している。タグも首輪も付けているのを忘れるくらいに軽い。なんかオトナになった気分がして嬉しくなった。これで僕も隣の大学へ入っても大丈夫に違いない。絶対に工藤を見つけて友達になって、そしてごはんを貰うんだ。  僕が決意したと同時に、真幸が言った。 「でも、外に出るのはもう少し大きくなってからだな。危ないから」  真幸は僕をいじめているんじゃないだろうか。  けれどそんなことに僕は負けない。今日はダメだったけど、決意を秘めて次のチャンスを気長に待つんだ。
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