『魔法使いの猫と千年の家』~にゃんすけのごはんと真幸の恋~

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 真一郎さんが僕を見ながら真幸に声をかけた。 「にゃんすけが空中を見ながら、何か呟いているよ」  真幸はごはんを食べながら、ちらりと僕の方を見た。 「猫ってたまに何も無いところを見ていることがありますよね」 「にゃんすけは何か呟いているから、見ているってわけじゃないんじゃないか?」 「にゃーにゃー言っているけど、さすがに独り言ができるほど思考能力はないと思うんですけど。まだまだ子猫だし。何かに話しかけているっていう方がまだ『らしい』ですよ」  僕は真幸の見当違いに少しむっとしたから、真幸の言葉を無視することにした。  真幸は僕の飼い主なのに、僕の言葉がまったくわからない。だから僕がオトナになって「仕方ない」と譲ってあげるしかないんだ。  僕が真幸に拾われたのは、三月の温かい日のことだった。僕はまったく覚えていないんだけど、真幸がこの家に引っ越してきた当日に、この家の庭で寝こけていた僕をみつけたらしい。 「お前、藤の木の根元の少し窪んだところで大の字になって、腹を上にして寝てたんだぞ」  真幸はそういうけど僕にはまったく覚えがない。そもそも気が付いたらふわふわタオルが敷かれたバスケットの中にいて、真幸や真一郎さんや留さんに覗き込まれていた。それより前の記憶がないからどうしてそこにいたのかなんて説明ができない。 「ちっちゃいクセに大きなバスケットの中で、ここは自分には小さいぞって言いたそうな寝相だった」  真幸はそのときのことを思い出すたびに笑いながら話してくれた。  その日、真幸は実家から父親の実家である篠崎真一郎さんの家に居候として引っ越してきていた。なにせ通う大学の隣に家があるんだ。  なんて良い立地条件。  真幸にとって真一郎さんはお父さんの兄で、伯父さんに当たるらしい。  真一郎さんは一人でこの家に住んでいて、家のことは昔から通いで来てくれている留さん一人にすべて任せていた。  不用心だし、留さんもかなり高齢だし、真幸の家賃も助かるからと、真幸のお父さんは真一郎さんに真幸の居候をお願いした。真一郎さんはぜんぜん構わなかったみたいだけど、真幸のお父さんはちょっと無理やりだったと思っている。だから水道、光熱費、食事込みの下宿代として、周りの家賃からしたらかなり格安らしいけど、幾らかを真一郎さんに支払っている。  そんな引っ越しをしているときに、たまたま息抜きに庭へ出た真幸は僕を見つけたんだ。  庭に出る扉から少し離れた場所に藤の木が植えてあって、そのすぐ横に藤棚があり、藤の木は藤棚に枝を大きく広げている。藤棚は東屋にもなっていて、真幸はそこに一休みをしに来たところだった。  だけど僕を見つけたせいで一休みすることはできず、少しの間、僕を観察することにした。  親猫が来る可能性があるから、すぐには保護せずにしばらく様子をみていたらしい。だけど親猫の姿はなくて、季節にしてはとても温かかったけれど、まだまだ三月だ。外でずっと日向ぼっこしていると、時間がたつとあっという間に寒くなってしまう。そもそも子猫のいる時期でもないから、親猫が捨てた可能性があるかもしれない。  様子を見ていても親猫の姿が見えなかったから、親猫は来ないと判断して首に巻いていたタオルで僕をくるむと、僕を家に連れて入ってくれた。  僕はタオルにくるまれてもまったく気が付かず、ぐーぐー寝ていたらしい。  真幸は家政室にいる留さんに僕を見せて、留さんに判断を仰いだ。真幸はこの家のことを知らないから留さんに聞くのが一番だったんだ。  留さんはすぐにふかふかタオルを敷いた大きなバスケットを用意してくれて、僕はその中に移動させられた。ずいぶん長距離を移動させられているのに、僕が起きる気配はいっこうになくて、それどころか真幸のタオルから大きなバスケットに移動したのを良いことに、ごろりとお腹を上にしてまた大の字を書くようにして寝返りをうったらしい。 「神経図太いなぁ……」  そんな僕をみて、真幸は呆れて思わずそう呟いた。  そんな中、仕事部屋から出てきた真一郎さんが食堂のテーブルの上に置かれたバスケットを覗き込んでいる二人に気づいて、同じようにバスケットを覗き込んだ。  僕が目を覚ましたのはそんなときで、丁度、三人が僕を覗き込んでいるところだったんだ。  僕はぼんやりとしていたせいか、三人が覗き込んでいるのを不思議に思わなかった。三人が見ていることはなんとなく認識していたけど、びっくりしたりはしなかった。  三人と向かい合うようにぼんやりと三人を見ていたら、まず真一郎さんが笑った。 「これは『魔法使いの猫』だね」  真一郎さんはまるで僕のことを知っているように話しだした。  真一郎さんいわく、普段は見ることができないけれど、この家には『魔法使いの猫』が住んでいて、たまに人と一緒に暮らすことがあるらしい。  ふらり現れては一緒に過ごして、そしてまたふらりといなくなる。ただ猫が許した飼い主がいる間だけは長く一緒にいるらしい。 「うちの昔話として伝えられた話だけどね」  真幸はものすごく変な顔をした。何か反論したいものを飲み込んだような顔だった。 「……そんな話、父さんから聞いたことないし、初めて聞いたんですけど。それにその『魔法使いの猫』って一体何ですか?」  真一郎さんは楽しそうに笑った。 「この家の家主にだけ伝えられる話だから、新次郎は知らないと思うよ」  真一郎さんは僕のおつむをくりくりとなでる。 「『魔法使いの猫』はこの家が建ってから、ずっとこの家に住んでいる猫だよ」 「この家が建ってからずっと住んでいる?」 「そう」 「この家って結構古いですよね。築年数は聞いたことがないですけど。どうしてその猫はこの家に住んでいるんですか?」 「この家って、ものすごく古いからね。基礎からいくと数百年単位で建っているよ。あと猫が住んでいるのは、多分、自分の家だからじゃないかな」  真幸は更に難しい顔で何かを飲み込んで、また口を開いた。 「……猫はいいとして、猫の主である『魔法使い』って誰になるんですか?」 「この家の本当の持ち主って伝えられている。名前は知らない。だから僕たちはその魔法使いが帰ってくるのを待っている、この家の仮の管理人で、『魔法使いの猫』は本当の管理者ってところだな。で、『魔法使い』は家の本当の持ち主」 「猫じゃ家の法的な登録できないじゃないですか。登録者名はどうなってるんですか?」 「それは人の法律だからね。だから仮の管理者が必要になっちゃって、登記簿は代々うちの人間になっていて、正しいことは口伝になっちゃったんだよ」  真幸は頭が痛くなってきたようにきつく目をつむって聞いていた。 「ほら、昔話だから」  真一郎さんはそう言って笑った。 「ただ、灰色がかった白い猫が現れたら、その猫は『魔法使いの猫』だから、現れたときには大事にするようにといわれている」  真一郎さんは真幸の肩を軽く叩いた。 「お前が見つけてきたから、お前が面倒を見てやりなさい。たぶん良いことがあるよ」  真幸は胡散臭いそうな顔で真一郎さんを見た。真一郎さんの話を信じていない顔だ。  それはそうだろう。ものすごく小さな子供じゃなきゃそんな話を喜んだりしない。昔話じゃなくて、おとぎ話と言ってくれたらまだ納得できたに違いない。  言葉の意味は似ているけれど、おとぎ話は教訓もので本当には無かった話で、昔話だと昔にあったかもしれない一部分が入っている話という要素が入って来る。お子様には良い具合のお話だ。  真一郎さんにとって、未だに真幸はものすごく小さい男の子に見えているのかもしれない。  でも真幸としては、もう大学生にもなる甥っ子におとぎ話を本当の話として話して聞かせるのはどうなんだって思いつつ、それに腹を立てるのも子供じみているように思うし、でもそれならどう返したら良いのかもわからず、ヘンテコな顔をしながら、どこかにあるその話の穴を探しだす質問をするしかなかったらしい。  僕は普通に何言ってるのって返せばいいと思うんだけどさ。  色々なことを飲み込むように、真幸は小さくため息をついて、やらないといけないことを呟いた。 「とりあえず、病院と、警察と、保健所かな。飼い猫を探している人がいるかもしれないし」  そんな真幸に、真一郎さんは笑って告げた。 「病院だったら三日月さんとこが良いよ」 「一番近い病院だからそうするつもりだったけど、どうしてですか?」 「あそこじゃないとうちの猫の対応はできないだろうからね」 「…………魔法使いの猫だから?」  真幸が嫌そうな顔をしながら確認すると、真一郎さんは返事をせずににっこりと笑った。
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